ニニキネの時代には、コモリ14女のアサ姫とその夫ツエが多賀の国を治めていて、通りがかったコモリから、蚕の籠(繭)から作る糸を交差させて衣を織る方法を習う。アサ姫らは皇籠魂の神を纏り、民にも教えたところ国中に普及した。これにより籠結国と呼ばれるようになる。また皇籠魂(クシヒコ)を籠結国の守神と称え、籠結国は皇籠の里とも呼ばれるようになる。
『言は終われど 勢ひは '天に上りて 陽を還す 太陽若宮'
に 留まりて 病みを治します 治汚の神』6文
『君は去年 壺を慕ひて 御幸なる タガの都を 引き移し 代のタクハタ チチ姫と 十二の局も 備われば』11文
『二尊の 御代の齢も 安らかに ヲウミのタガに 坐さんと 御子ワカヒトに 和照らす 日月を譲り ます時に』19-1文
『タガに行き 幣を捧げて ミノに行き アマクニタマの 喜びも 昔カスガに 瓜会て 生むタカヒコネ』24文
『タガに到れば ツエが妻 アサ姫迎ふ モノヌシは 桑良きを見て アサ姫に 籠交ひ衣織る 経緯の 道
教ゆれば』24文
『ミヤサキの 君の実心 安まれば 齢も老ひて 早雉の タガに告ぐれば 驚きて』27文
『タガに告ぐれば 喪に入りて "ヒウガの神"
と 祭なす ヲニフに祭る "カモの神" アヒラツ山は "御祖神"』27文
→ 語義
多賀(治曲)の宮。
『二尊の 治の熟わひも 安らかに ヲウミのタガに 坐さんと 御子ワカヒトに 天地照らす 日月を譲り ます時に』19-1文
『タガは二尊 果つの宮 今
破るれば 造り替え ミツホの宮を 移し居て 常
拝まん』27文
『居敷部して 平かせ大弥に 造らせて 営み成りて 宮移し
御位に就く』27文
『その装い 綾・錦
着て 珠 飾り 冠・佩・沓 ハラの法 華を尽して その翌日は 大御宝に 拝ましむかな』27文
『アマテル神の 御言宣 トカクシをして "我が孫 タガの古宮 造り替え 都遷せば 天に継ぎて 地の二尊ぞ"』27文
『十年に民も 賑わいて 万歳歌ふ ミヤサキの 君の実心 安まれば 齢も老ひて 早雉の タガに告ぐれば 驚きて』27文
『御子タケヒトと 守タネコ タガより出でて 西の宮 大ワニ乗りて ウドの浜 ミヤサキ宮に 到ります』27文
『タガに告ぐれば 喪に入りて "ヒウガの神"
と 祭なす ヲニフに祭る "カモの神" アヒラツ山は "御祖神"』27文
『御子カモヒトは 日月受け ミツホを移す タガの宮 治むる民を 子の如し』28文
『礼の御衣箱 御ヲシテと "汝
カスガよ 遺し物 タガに持ち行き 捧げよ"
と 自らこれを授けます』28文
『長に生まるる タケコ姫 タガに詣でて モノヌシが 館に終われば ススキ島 骸
納め 長生神』28文
『ナガスネが 我を立つれば 市
騒ぐ 故にハラミの 御子告れて』28文
『ホツマ・ヒタカミ 糧船を 上さぬ故に タガの宮 ツクシの宮に 行き居ます』28文
『多賀の宮守る ウモノヌシ クシミカタマに 御言宣 モノヌシ考え 葛網を 結ひ
被らせて やや殺す』29文
『ナガスネヒコは 山崎に 川船拒む モノヌシが 討たんとすれば ヰツセ御子
恐れ多賀より 行く筑紫』30文
『三月七日 ハラミ山へと 御幸なる その道
成りて 黒田より香具山
賀茂や 多賀の宮』32文
→ 語義
治曲の神。
イサナギの贈り名。
「隈の神」は、八羽のカラス
(八人の鬼霊) によって人の魄を枯らすが、その汚穢を治す神。
これはイサナミが経矛法の「逆矛」を、イサナギが「経の教え」を担当していることを表し、ヨモツヒラ境での二尊の言立ちに対応している。
イサナミ:「麗わしや かく為さざらば 千頭を 日々に縊らん」 イサナギ:「麗わしや 我 その千五百 生みて誤ち 無き事を 守る」 |
『言は終われど 勢ひは '天に上りて 陽を還す 太陽若宮' に 留まりて 病みを治します 治汚の神』6文
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