日向。
=日向かう国
1.日が巡って向かう方向の国。西の国。筑紫。
2.後には豊国・曽於国を含む九州の東岸部を言うようだ。
『日向御幸に カミナガが ヲタネ乙下侍 生む子の名 ヒウガソツヒコ』38文
日向の神。
ウガヤが罷った報を受けたタガ宮では、『日向の神』と贈名した。
『タガに告ぐれば 喪に入りて "ヒウガの神" と 祭なす ヲニフに祭る "カモの神" アヒラツ山は "御祖神"』27文
日向代殿。
日向の代の殿。 タケヒトを指す。
タケヒトがミヤサキに在ったときは、まだ三種を受けておらず、スベラギとは言えないので、日向代殿とせざるを得なかった。
★『旧事』日向賀牟度美良姫(ひむかのかむとみらひめ)。
『オオモノヌシは タガ殿に 根の国
治め オオタをば 日向代殿 副モノと』28文
『なして娘の ミラ姫を 娶りて生む子 タタヒコが アタツクシネは 幼名ぞ』28文
日向君。
景行のクマソ征伐の折、日向高屋にミハカセ姫を娶り、トヨクニワケを生む。
その後も母子はこの地に留まり、日向国造となる。
ヤマトヲシロワケ(景行天皇) ┌クニコリワケ・クニヂワケ ┃───────┼ミヤヂワケ ソヲタケ───┬タケ姫[内侍] └トヨトワケ (曽於国造) │ ┃────────トヨクニワケ └ミハカセ姫[内侍]
『また曽於の ミハカセ生む子 トヨクニの 斎名ソヲヒト 日向君』38文
『ミハカセ姫を 内添に トヨクニワケの 親王生む 母子留まり 国造や』38文
日向襲津彦。
景行天皇(ヤマトオシロワケ) とヲタネ姫の子。
ヤマトヲシロワケ(景行天皇) ┃────────ヒウガソツヒコ カミナガ──────ヲタネ姫[乙下] (日向国造)
★『書紀』阿牟(あむ)君の先祖。
『日向御幸に カミナガが ヲタネ乙下侍 生む子の名 ヒウガソツヒコ』38文
日向高屋。
景行天皇のクマソ征伐の折、ここに仮宮しクマソ討伐の策を練る。
クマソ討伐の後も六年間ここに滞在し筑紫を完全平定する。
★鹿児島県肝属郡内之浦、高屋(タカヤ)神社の東方の天子山は高屋宮の跡であるという。 また宮崎市村角町橘尊、高屋(タカヤ)神社とも言われる。
『十一月に至る 仮宮は ヒウガタカヤぞ』38文
『六年まで 高屋の宮に 御座します ミハカセ姫を 内添に トヨクニワケの 親王
生む 母子
留まり 国造や』38文
【ホツマツタヱ解読ガイド】 【ミカサフミ解読ガイド】 【ふとまに解読ガイド】
【やまとことばのみちのく】 【にしのことばのみちのく】 【あめなるみち】
【ホツマツタエのおもしろ記事】