御笠・三笠 (神和)。
固有名詞としてのミカサは、古くはタケミカツチの父・ミカサヒコ
(ヲバシリ) の名に見られる。アメノコヤネはタケミカツチの娘婿に当たるので、ミカツチの父の名から取ったのかもしれない。またミカサとカシマは同義。
1.神和。神(陽陰・日月) を纏ること/者。
2.ミカサ山。およびその周辺地 (飛火野)。
3.ミカサ社。
4.アメタネコが罷った時、安寧天皇が子のウサマロに賜った姓。以後その子孫が世襲する。
『フタヱが曰く "カスガ殿 辞むミカサも 今
妹背の 仕ふる守の 埋ますべし" これ理と 国巡る』28文
『務めとて ミカサに帰り タラ祭り "汝
オシクモ 確と聞け 昔 仕えて 御鏡を 賜えば我ら 左の臣ぞ 我が子ら和せ"』28文
『アマノタネコは この文を ミカサに籠めて 君の供 ナガスネヒコは その蔵を 密かに開けて 写し盗る』28文
『アメタネコ更る 百八十七歳 骸
納む 御笠山 春日の殿に 合ひ祭る "ミカサ"の姓 ウサマロに 賜ひて讃ゆ ミカサ臣』31文
『君は "御機"を 染めませば 臣も
"ミカサの 文"を染む』ミ序
『オオタタネコも "ホツマ文" 染め捧ぐれば 三種法 具ふ宝と 御言宣』ミ序
御笠彦。
トヨケの孫。タケミカツチの父。 =ヲバシリ
ミカサの名はこの人に因む様だ。
『この尊は トヨケの孫の ミカサヒコ その子ヒサヒコ カシマ尊 雷 拉ぐ 功を タケミカツチと 名付くこれかな』19-1文
御笠山。
アメノコヤネがニニキネに倣い、春日国のトブヒノ丘に、大和川を掘った土を盛って造る。
綏靖の時、アメタネコが罷ると三笠山に葬られ、カスガの殿に祭る。
【三笠山・御笠山・御蓋山】
1.
春日神社の東に接してその神域をなす山で春日山の一部をなす。294m
2. 茨城県鹿島郡鹿島神宮の周囲にある山。
3. (天皇の御蓋として近侍する意にかけて) 近衛の大・中・少将の異称。
『天の中国 ミカサ山 父に語れば 調ひて 陽陰に伺ふ この由も おかみ喜ぶ 御言宣』ミ逸文
『アマノコヤネも カスガ国 飛日の丘に ヤマト川 掘りて造れる ミカサ山』24文
『驚きて ウチに到れば ミカサ山 なお馳せ上る カスガ殿』28文
『アメタネコ更る 百八十七歳 骸
納む 御笠山 春日の殿に 合ひ祭る "ミカサ"の姓 ウサマロに 賜ひて讃ゆ ミカサ臣』31文
『ミカサ端に 寄る百臣の 統め国の 政
直して』ミ4文
御笠社。
御笠山麓の社。 =麓社 (フモトヤ)
アマテルが罷った後、コヤネは勤めを降りて、ここで霊還しをしている。
=カスガの殿か
奈良県奈良市春日野町、春日
(カスガ) 大社
『故 カスガ 送りて後は 務め降り ミカサ社の 霊還し 国治まれば 枯れも無し』28文
『アマノタネコは この文を ミカサに籠めて 君の供 ナガスネヒコは その蔵を 密かに開けて 写し盗る』28文
『ミカサ社に アマノコヤネの 説く文は 経に緯織る 纏り事 四方人草を 治むなり』ミ1文
『麓社に 宣ぶるは 昔 陽陰清く タカマに政 議る後』ミ3文
御笠臣。
ウサマロの後裔氏族。
津速産霊尊―???―市千魂命(居々登魂命)―天児屋根命―天押雲命―天種子命―宇佐津臣命(三笠臣)―大御気津臣命―伊香津臣命―梨津臣命―神聞勝命―久志宇賀主命―国摩大鹿島命
『マキムキの ヒシロの御代に ミカサ臣 妹背の上臣 ヲヲカシマ 二百四十七歳 捧ぐ餞押』序
『アメタネコ更る 百八十七歳 骸
納む 御笠山 春日の殿に 合ひ祭る "ミカサ"の姓 ウサマロに 賜ひて讃ゆ ミカサ臣』31文
『マキムキの ヒシロの五十三年 年ツミヱ 八月初日に ミカサ臣 妹背の上臣 ヲオカシマ 二百五十七歳 捧ぐ餞押』ミ序
御笠鹿島。
=オオカシマ
『二十五年の 二月八日に 御言宣 タケヌガワケと クニフクと ミカサカシマと トイチネと タケヒら
諸に』
『我が御親 ミマキは聡く ほつま知る 誤り正し 謙り下り 神を崇めて 己を懲らす
故 繁篤く 民 豊か』
『今 我が代にも 怠らず 神祭らん" と』36文
『南は常陸 上総・安房 ミカサカシマに 賜りて カシマヒデヒコ トキヒコも オトヒコ三人
御衣賜ふ』39文
御笠の大臣。
=オオカシマ
イセ宮完成の時、斎主として詣でる。
『御言宣 "ミカサの大臣 斎主 ワタラヒ臣は 神主に アべタケヌガを 御代りと ワニクニフクを 内代り』36文
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