春日 (和直/上下)。
春日県。
神武天皇以降の大和国の春日県。
ソフ(添)の一部ではないかと思われる (添上)。
★現在の三輪近辺には春日の地名は残っていませんが、奈良県田原本町多の多神社が春日神社と呼ばれていて、多神社の一帯がその昔は春日県だったとされています。その春日県が十市県に変わったとかいうことが、多神社注進状という古文書に書かれているとのこと。ただし神社のある位置をその地域の中心と考えますと、春日県が十市県に変わったとき、その中心地が多神社付近から十市御県坐神社付近に移動したのかもしれません。直線で東西に約2kmの距離。
■カヱシネ (5代孝昭天皇)
がアマタラシヒコクニに春日県(添上)を賜ったため、それまで春日県主をしていたアウヱモロに始まる一族に対しては、磯城県の一部か添県の一部を割いて新たに十市県を新設し、そこの県主に封じたのではないかと思われる。というのは、欠史八代といわれる時代は、皇の后は大和の県主の娘や孫を娶っているが、入れる局まで踏襲されており、春日県主の娘は常に勾当とされていたが、ヰサカヒコ以降、勾当となるのは十市県主の娘なのである。
■春日・十市県主 アウヱモロ──┬オホマ─────┬フトマワカ──┬サタヒコ──┐ │ │ │ │ ├イトオリ姫 └イトヰ姫 └イイヒ姫 │ │ │ └ヌナタケ姫 │ │ ┌──────────────────────────────┘ ├ヰサカヒコ──┬マソヲ─────マシタ姫 │ │ └オオヰ姫 └ヰサカ姫
※ヰサカヒコから十市県主に国替えになった様だ。
┌イチシ ├カキモト ├オノ ├アワタ ├オオヤケ カヱシネ(孝昭天皇)┐ │ ┌─オケツ──────┐ ├┬アマタラシヒコクニ┼チチハヤ┴─ヤマカ姫[典侍] │ ヨソタリ姫────┘│ (春日親君) │ ┃ │ │ └オシ姫[内宮] ┃ │ │ ┃─オオヤマトフトニ │ └─────ヤマトタリヒコクニ (孝霊天皇) │ (孝安天皇) │ ┌─────────────────────────────────┘ │ ├──────────ヒコクニフク─────??─────シホノリヒコ │ └オケツ姫[典侍] ┃───────ヒコヰマス ワカヤマトネコヒコ (開化天皇)
『春日 合ふ江の 守が女の イトオリ姫を 勾当に ミコナカ橋の ヲシテ守』31文
『磯城のオオメが ホソ姫を 后ぞ
春日 チチハヤが ヤマカ姫
なる 典侍后』32文
『八年三月 春日オケツ姫 典侍が生む 斎名アリスミ ヒコヰマス』32文
春日親君。
カヱシネは、子のアマタラシヒコクニを親君として、春日県を賜った。
『六十八年 一月十四日に オシヒトを 若宮となす 歳二十 翌日オシキネを 親君とし 春日を賜ふ』31文
『二十六年春 二月十四日 春日親君の オシ姫を 入れて内宮 今年十三』31文
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