オオモノヌシ・オホモノヌシ・ウモノヌシ

→ 語義
  

大物主 (央守主・皇守主)。 
=右の臣=剣の臣=八重垣の臣。 
中央政権(皇)のモノヌシをいう。単にモノヌシと言わる場合も多い。アスカ政権が独立して以降、区別のためにオオモノヌシと呼ぶようになったのだろう。

中央政府のモノノベ(公務員)を総括し、地の政を司る (司法・行政・軍事長官)。 
コトシロヌシ
副モノヌシ(ムラジ) とが補佐する。

この職は八重垣の臣 (初代はソサノヲ) の長男によって世襲され、同時に二人はいない。 
クシキネ
はソサノヲの長男ではないが、ソサノヲが下民から元の身分に戻され、八重垣臣になってから初めて生まれた子である。ツミハコモリの次男で、その子のクシミカタマはオオモノヌシにはなれないため、オオモノヌシの断絶を怖れたオホナムチは、クシミカタマをフキネの養子とすることで、オオモノヌシを継がせた。

   
初代:クシキネ (オホナムチ) 
二代:クシヒコ (ヲコヌシ) 
三代:ミホヒコ (コモリ)
   (四代):カンタチ  ←コモリが永かったのでオオモノヌシにはなっていないようだ。
四代:フキネ 
五代:ワニヒコ (クシミカタマ)
六代:アタツクシネ

  

オオモノヌシ コトシロヌシ

ソサノヲオホナムチクシヒコ*+コモリカンタチフキネ
                       ┃
                       ┗ツミハ━━━━┓
                                                           ┃
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
      ┃
       ┗クシミカタマアダツクシネタケイイカツ━タケミカジリ┓
                                                                ┃
         ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
         ┃
         ┗ミケヌシオミケヌシ━タケイイカタス━オオタタネコ┓
                                                             ┃
         ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
         ┃
         ┗ミケモチオオカモツミ
                   ┃  
                   ┣オオトモヌシ
             ┃
                   ┗タタヒコ
  

『諸守の 守議なす タカマにて オオモノヌシが 日の神の 斎名の謂を 諸に問ふ』4文
モノヌシが 枕言葉の 謂を問ふ 諸 答えねば アチヒコが "これはミソギの 文にあり"』5文
『君 クシキネを モノヌシに タケコを妻と なして生む 兄はクシヒコ 妹はタカコ 弟はステシノ タカヒコネ9文

オホナムチには クシヒコを オオモノヌシの 代りとて コトシロヌシと 仕えしめ 己はイヅモに 教ゆるに』9文
『汝 モノヌシ クシヒコよ 国つ女取らば 疎からん ミホツ姫 妻として 八十万守を 司り 御孫を守り 奉れ』10文
ヲヲモノヌシが "ノン" なして ヨロギミホヒコ 斎餞に 八色和幣の 紙 進む』14文
オオモノヌシは 五組の モノベ二十五を 率き添ふて 供人すべて 八百六十四』20文
『時にコヤネは "早かれ" と オホモノヌシも 止めける フトタマが言ふ "考なえて 君の思すを 止めんや"』20文
モノヌシは 怒りて曰く "フトタマは 君の統の大人 臣翁 昨日万歳 君祝ひ  今日また変わる 宮遷し』20文
『万千は遠し 一年も 経ざるを狭めば 世の恥は 汝の心 穢れより 君 肖らば 我 居らず』20文
茜炎に 潰みすとも 磨金食めど 穢れ 得ず" かく言い帰る』20文
オオモノヌシが 親の国 イヅモ八重垣 和り治む その基典は 前守の 功なれば』21文
『"フトマニに 宮造り法 定めよ" と オオモノヌシに 御言宣 モノヌシ受けて 法定む』21文
オオナムチ 一度落ちて 日隅君 その子モノヌシ 忠をなす これには似ずも ウツヲまた 後 殊立てん 許し給えや』21文
天地も 内外も清く 通る時 三千モノノベら 領居州に  拝みて モノヌシが "斬るも宝" が 故を乞ふ』23文
『十物 モノヌシ尊の 常の衣ぞ 喪には固織23文
モノノベを 八百人束ぬる 主はこれ オオモノヌシや 副えムラジ  コトシロヌシと 助けしむ』23文
『副えの二人は 綜と替更り オオモノヌシは 機の主 故 清汚を算む』23文
『方の汚は 杖打ち  追ひ遣らひ 二方ならば 国を去る 余れば告げる モノヌシの 糺し明して 二百の汚は 隅に流離す』23文
『三方汚は 髪・爪 抜きて 入墨し に渡れば 身を枯らす 罷るの罪は モノヌシの 上言を受けよ』23文
『これ "ヤヱカキ" は モノノベの 名なりと己が 央に応ゆ てれば "統べら" の 代々の垣 己が央なり』23文
『今 キヨヒトの 羽の臣 コヤネは弥々の 執れ コモリは弥々の モノヌシぞ 共に守りて 民を治せ』23文
『先駆は タチカラヲなり 次カツテ オオモノヌシと 三種櫃 八房御車 次コヤネ 駕籠・馬 八十の モノノベら』24文
ムメヒトは ハラに留まり 政事 コヤネ預り モノヌシは 供なす故に ミゾクイを 副モノヌシと ハラの守り』25文
『後もろともに 神となる オオモノヌシは フキネなり トヨツミヒコと 治めしむ 和業教えて 民を潤む』27文
ひたるの時に これを継ぐ 到れば 遺し言 "このムラクモは 生れませる 御子の祝ひに 捧げよ"』27文
五十鈴の 千枝の二十年  代わる まだとて モノヌシが イセに詣でて これを問ふ』28文
『健に生まるる タケコ姫 タガに詣でて モノヌシが に終われば 芒島 骸 納め 健生神28文
またモノヌシは 右の臣 葉強き秋の 弓剣 かくの如しと 酒進む
28文
オオモノヌシは タガ殿に 根の国治め オオタをば 日向代殿 副モノと なして娘の』28文
ミラ姫を 娶りて生む子 タタヒコが アタツクシネは 幼名ぞ』28文
『故にナガスネ 船止む オオモノヌシが 討たんとす タガの央君は 驚きて 筑紫に下り 共に治す』29文
多賀の宮守る ウモノヌシ クシミカタマに 御言宣 モノヌシ考え 葛網を 結ひ 被らせて やや殺す』29文
鏡の臣は ウサマロと アタツクシネは モノヌシと 御子の両羽ぞ 国政り 神饌供え申す ヲモチ君 共に助けよ31文
この文は 昔 モノヌシ 御言宣  受けて作りて 阿波宮に 入れ置く 後の 代々の文 まちまちなれば』40文
コモリ 九君も 百尊も 三千彦も皆 頷けば サルタは道の 初を問ふ』ミ1文
『繁の塵の 謗りも嘘と 思ひくさ モノヌシ(オオナムチ)ならで モノや散るらん』フ116

  

  

オオモノヌシカミ

→ 語義

  
大物主神。  
ミモロ神ミワの神・ミワ大神オオミワ神

クシヒコはアマテルより授かった天の逆矛を携え、それを曝け出したままミモロ山の洞に入るが、アマテルは「もし調の道が衰えた時に、それを再興するためにクシヒコはそうしたのだ」と語っている。後にそれは、オオモノヌシ断絶の危機に、オホナムチをしてクシミカタマを嗣とする時に、またオミケヌシ開化天皇への諫言を経て、崇神天皇の国家存亡の危機の時に、ミモロ神 (オオモノヌシ神) となって現れ、現実のものとなる。
大神神社はオホナムチの先霊と奇御業霊を、大物主・クシミカタマの名を以って祭ったものだと言う。 
  

奈良県桜井市三輪、大神 (オオミワ) 神社
奈良県桜井市三輪御子ノ宮、神坐日向 (ミワニイマスヒムカイ) 神社
奈良県桜井市大字三輪狭井、狭井 (サイ) 神社
香川県仲多度郡琴平町、金刀比羅宮 (コトヒラグウ)
  

が政 諌めずて 阿り君を 穴にする 心汚なし  如何ん 我が上祖神 離れんや 穢れ食まずと』32文
問ふて "かく教ゆるは 誰神ぞ" 答えて "我は 地つ神 オオモノヌシぞ"』33文
『この夜の夢に "我はこれ オオモノヌシの 神なるが  な憂ひそ 治せざるは 我が心あり"』33文
『"我が オオタタネコに 祭らさば ひとしく平れて 遠つ地も 真に服ふ"』33文

『"夢に神あり タタネコを オオモノヌシの 斎主 シナガヲイチを 大ヤマト クニタマ神の 斎主 なさば平けべし"』33文
『この酒は 我が酒ならず ヤマトなる オホモノヌシの 神の幹 活霊授くる 直は幾久』33文
モモソ姫 オオモノヌシの 妻となる "夜には来りて 昼 見えず  明けなば君の 御姿を 見ん" と留むれば』34文
の告げ "言 著し 我 朝方 櫛笥に入らん 我が姿 な驚きそ" と』34文
『モモソ姫 心怪しく 明くる朝 櫛笥を見れば 小蛇あり 姫 驚きて 叫び泣く』34文
大神恥ぢて 人と成り " 忍びず 我が恥" と 大空踏んで 御諸山34文
『昼は人手に 夜はの 逢坂山の 石運び 諸 合ひ継ぎて 手輿担て』34文

  

  

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