ヤヱガキノツルギ・ヤヱガキノタチ

→ 語義
  

八重垣(汚穢垣/家垣)の剣。八重垣(汚穢垣/家垣)の太刀。 
ヤヱ垣
とは汚穢・仇を近寄らせないための、また民に罪を犯させないための幾重もの防御という意味。攻撃の為の剣ではなく防御・抑止の為の剣という点が重要。また国家(国の和)を汚穢から守る垣の意。

ある金錬人が右目一つで作りアマテルに献上した八振りの剣。これによりアマメヒトツの尊名を賜る。
皇位継承の際に渡される三種の神器の一つ。この剣とムラクモ剣(草薙剣)は、まったくの別物である。

六ハタレが蜂起した時には、アマテルからカナサキと六座守にこの剣を賜って戦っている。

アマテルからニニキネに三種宝が渡されたとき以来、宮中に保管されるものの、儀礼的に八咫の鏡カガミ臣に、八重垣の剣は剣臣に渡されるようになった。

時代が下るとヤタの鏡とヤヱガキ剣は、それぞれアマテル神とヤマト大国魂の御霊の象徴となり、寝食を共にすることを畏れた崇神天皇は、八咫鏡と八重垣の剣のコピーを作って宮中に置き、本物はそれぞれ伊勢神宮大和神社に納めた。
  

■アマテル自らが御幸してハルナハハミチを破った時に、ハヤアキツ姫が「草薙の八重剣」を掲げているが、この八重剣が三種の一つ「八重垣の剣」の原型だと思われる。
  

ヤタの鏡は 経に触れ 諸人の直曲を 鑑みよ また八重垣は 右に預け 争み あらば よく平けて 恵み和せて』11文
天地も 内外も清く 通る時 三千モノノベら 領居州に  拝みて モノヌシが "斬るも宝" が 故を乞ふ』23文
『"今この剣 むべ熟し 我が実心に よく適い 世の治まる 宝物 名も八重垣の 剣" とぞ』23文
『後にハタレが 乱る時 カナサキ及び 六将守  賜わり ハタレ討ち 八民治むる 勢ひも 枯れは涸らして 活きを熟る』23文
『もし民 驕り 身の程も 忘れて終に 剣 受く 受けさせじとて (民の)身の垣よ』23文
ハタレ破るの をもがな 問えば和照る 御言宣』23文
『"ハタレが禍は 近付けず 弓矢に破り 近付けば 太刀打ち払ふ 身の垣ぞ』23文
『"八民治むれば 'ヤタ' 名は如何" 御言宣 "鏡は民の 心入る 入れ物なれば ヤタカカミ ツルギは仇を 近付けず"』23文
『会・交 御饗をなせば 門出に 御機の留の 御文を 御孫に賜ひ 御鏡を コヤネに賜ひ 御剣を コモリに賜ひ』24文
セオリツ姫は 御鏡を 持ちてカスガに 授けます ハヤアキツ姫は 御剣を 持ちてコモリに 授けます』
24文
天君は 御機の文を 己手づから 太子に譲り 真后は ヤタの鏡を 捧げ持ち カスガに授く』27文
大典侍は 八重垣の太刀 捧げ持ち コモリに与ふ 君と臣 謹しみ受くる』
27文
『我が心 先には オシクモに また八重垣は ワニヒコに 授くをが 預かりて ワケツチ宮に 納め置く』27文

御祖 筑紫に 下るとき は持ちて 御鏡は 
オシクモ 八重垣は クシミカタマに 授け置き』30文
御祖 筑紫に ひたる時 尊の璽は タケヒトに 母タマヨリも 神となる 河合 八重垣は 別雷宮に 預け置く』30文
サアヱ 日継ぎと アメトミは 別雷宮の 持ち アタネ 持ち上る』30文
日の臣は 璽の御筥  奉る アタネ アメトミは 八重垣持ちて アメタネコ クシミカタマに 授くなり』30文
御鏡は ヰソスズ姫に 八重垣は アヒラツ姫に 御璽は の身に添え』30文
上祖の授く 三種物 クニトコタチは 尊璽 アマテル神は ヤタ鏡 オオクニタマは 八重垣と』33文
アマテル神は 笠縫に トヨスキ姫に 祭らしむ オオクニタマは ヌナギ姫 山辺の里に 祭らしむ』33文
『二宮を 新に造らせ 六年 秋 オオクニタマの 神遷し 九月十六日 夜 翌の夜は アマテル神の 宮遷し』33文
『穢の向くば を 新かしめ 向う仇なく 直に治まる』フ086

  

  

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