ヒヨミ

→ 語義
   

日夜見 (日月見・陰陽見・明暗見)。

1.陽陰の和合。
2.陽陰 (日月) を見ること。
3.陽陰 (日月) を見て暦を作る役職。陰陽師。  オモイカネ タチカラヲア メフタヱ

イサワ宮で日夜見(陰陽師)が暦を作り、全国に配布したと見られる。後の伊勢暦。
  

★こよみの作成配布については古代より統治者(朝廷や幕府)の管轄にあり、1946年に自由化されるまでは許可制・専売制が取られていた。- wikipedia 日本の暦 -
■暦には後にヤマサ神による方位の吉凶なども加えられたようだが、元来は太陽暦と太陰 暦とを整合させるためのものだったと推測している。
ウツロヰが5日間の空白を補完することが決められた時点で、暦法が変更されたと推察する。それ以前は適宜、閏月を挿入して太陽暦と太陰暦の誤差を修正してきたが、ウツロヰが5日を補完すること で、現在の暦とほぼ同じものとなる。しかしさらに時代が下ると、それも変更されているかもしれない。
  

カナヤマヒコが ウリフ姫 ナカコ典侍に 備えしむ これをの 瓜 生月 皆 機 織りて 操 立つ』6文
トコタチの 子の年徳の タ マメ神 
五臟六腑を 生み上げる 陽陰より下す 日夜見神 二尊 これに ヤマサ 和す』21文
『久方の 天照る神の 発つ代に 日夜見の採りの 中を告ぐ る 東・西・央 適の とつぎして』22文
年徳神の 生れませる その十一神を ヱト守と  和み養うて 八御子生る』22文
『各々御名を 賜わりて を守る ヤ マサ神なり この神の 常に恵りて 守る故 火水の業の 障り無し』22文
『梅の花見の 御饗して 日夜見の宮の 門出宣 昔 日夜見の オモイカネ  作りて ここにあり 後ムラクモに 譲り置く』24 文
ムラクモ召して 御言宣  "汝 ムラクモ  成す 明暗見 曇れば 賜ふ名は アメフタヱなり"』24 文
タチカラヲ 親の後とて ここにあり 御狩りの御供 請ふ故に ムラクモ召して 御言宣』24文
地上の 御柱のまま 成る如く 政 ほつまに 調ひて 二万八千経て 三十の な す頃 国の名も 地上ホツマ24文
五十鈴の 千枝 の二十年  代わる まだとて モノヌシが イセに詣で て これを問ふ』28文
『二 キアヱよ り 枝と穂と数え 一枝六十  十枝は六百年 百枝は六千 千枝に六万を 陽陰守の 一回 りづつ  成る』28文
祭の文を 三つ染 めて 一つ持ち行き 日夜見なす フタヱに授け』28文
『"幸鈴二十 伸び如何ん" "過に失せたり これも陽陰" 時にフタヱが "名は 如何がなさんや"』28文
上鈴暦を 諸 受けて この世の業を 鑑みる これなり』28文
『兄のフリネが 欺きて "ヤミヤの玉藻 花暦 行き見ん" とてぞ 誘ひ来る  頷きて 共に行く』34 文
『ある日ヒカトベ 若宮に 告ぐる我が子の この頃の歌 "玉藻垂つ 出雲祭らば まくさまじ"』34 文
『"日夜見御使 フリネ 御明暗見 三十九宝の 神殻主 だに身屈り 神霊 垂づが 和し厳みは 神殻主やも"』34文
代々  君なく 何れぞや
 答えて "イセ" と』39文
『和照らす上  成し ソロ植えさせて 糧 増やし 身を保たしむ』
39文

  

  

ヒヨミノミヤ

→ 語義
  

日夜見の宮。
イサワ宮イセ宮の別名。 
ニニキネ
はここから八島巡りに出発している。 
オモイカネ
が初めここで暦を作っていたが、後にムラクモが後を継いだ。そ の後ムラクモはテルヒコの共にアスカに侍ることになったので、オモイカネの子のタチカラヲがこれに就く。タチカラヲはニニキネの共で八島を巡ることになり、再びムラクモが呼び出されたが、ムラクモという 名ではカガミ(明暗見:日夜見の同義語) が曇るというので、アメフタヱに改めさ せられた。
  

【陰陽寮】オンヤウレウ −広辞苑より−
律令制で、中務(なかつかさ)省に属し、天文・気象・暦・時刻・卜占などをつかさどった役所。陰陽頭のもとに、陰陽博士・暦博士・天文博 士・漏刻博士などで編成。おんようのつかさ。うらのつかさ。
  

『梅の花見の 御饗して 日夜見の宮の  門出宣 昔 日夜見の オモイカネ  作りて ここにあり 後ムラクモに 譲り置く』24 文

  

  

ヒヨミカミ

→ 語義
  

日夜見神。 
陽陰の守 (アメノカミ)陽陰守 (あまもり) ・干支守 (ゑともり)年徳神 とも呼ばれている。
キツヲサネ」+「アミヤシナウ」の11神。それぞれを 「五臓の神」 「六腑の神」 とも言う。 
またこの11神は「ウマシアシガイヒコチ神」  「地の十一神」  「竈のヱト守り神」  「室十一神」などとも呼ばれる。

ホツマ暦
  

陽陰の神 ヤマサを生みて  守り 穢神潰は 埴 清きて 祭る社 造り 鬼霊 退し』21文
トコタチの 子の年徳の タ マメ神 五座六腑を 生み上げる 陽陰より下す 日夜見 神 二尊これに ヤマサ和す』21文
『地つ纏りは 東西央南北 室十一神の 守らせき この故 日々の 竈の ヱト守神と 称えますなり』22文
『久方の 天照る神の 発つ代に 日夜見の採りの 中を告ぐ る 東・西・央 適の とつぎして』22文
年徳神の 生れませる その十一神を ヱト守と  和み養うて 八御子生る』22文
『各々御名を 賜わりて を守る ヤ マサ神なり この神の 常に恵りて 守る故 火水の業の 障り無し』22文
『後 十一の君 キ・ツ・ヲ・サ・ネ ア・ミ・ヤ・シ・ナ・ウも 天に還り サコクシロにて 御言宣 みな星となす』ミ6文
『この神は 腹腑・命 食を守る ウマシアシカイ ヒコチ神  故 天尊 地の尊ミ6 文

  

  

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