瓜生月。
瓜生とは「真桑瓜の生える地」の意で、美濃の国をいう。
セオリツ姫がアマテルの内宮に昇った後、美濃の国守の娘であるウリフ姫が後任として南局の典侍后として入る。月に準えての十二后であるため、暦調整のために加える月も、瓜生月(後の閏月)と呼ばれるようになった。
【閏月】ウルフツキ −広辞苑より−
閏に当る月。太陰暦で、一二ヵ月のほかに加えた月。
★太陽暦の1年(回帰年)はおよそ365.24日である。太陰暦でこれに近いのは12か月(約354日)なので、12か月を以て1年とする。太陰暦の1年は太陽暦よりも約11日短い。
閏月(うるうづき、じゅんげつ)とは、太陰太陽暦において、暦が実際の季節とずれるのを防ぐために挿入される月のこと。閏月の挿入の有無が、太陰暦と太陰太陽暦との違いである。
純粋太陰暦による12か月は354日で、太陽暦の1年にくらべて11日ほど短い。このずれは、11×3=33日で3年間で1か月分ほどになる。そこで、約3年に1度、余分な1か月を挿入して、ずれを解消する。この余分な月を閏月という。閏月の月名は、前月の月名に「閏」を付ける。例えば、四月の次に挿入された閏月は「閏四月」となる。閏月を挿入して1年が13か月になる年のことを閏年という。
閏月を19年に7度挿入すると、誤差なく暦を運用できることが古くから知られていた。これは、ある月日の月相(月の欠け方)が同じとなる周期が19年であることによるもので、この周期をメトン周期(太陰章)という。
中国暦では、太初暦以来、二十四節気の中気を含まない月を閏月とする歳中置閏法が取られている。
■ウツロヰが5日間の空白を補完することが決められた時点で、暦法が変更されたと推察する。それ以前は適宜、閏月を挿入して太陽暦と太陰暦の誤差を修正してきたが、ウツロヰが5日を補完することで、現在の暦とほぼ同じものとなる。
『カナヤマヒコが ウリフ姫 ナカコを典侍に 備えしむ これを暦の 瓜生月 皆
機 織りて 操 立つ』6文
『みな織り綴り 操立つ これを暦の 瓜生月 故
還国の 君と称えり』ミ4文
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