ホツミ

→ 語義
  

穂積 (果実)。

  1. 成熟。実り。結実。成果。 
    =「はつほ・みつほ・ほつま・やまは」
      
    ソロ果実の 御供も又 臼 搗き精げ 初日には 粥と汁とぞ』15文
      

      
  2. 八月。 特に八月一日(八朔)
      
    クニサツチ 生む ウケモチの 八代の孫 今のカダなり ウケモチが 八月初日に 成る果穂 トヨクンヌシに 奉る』15文
    『御親送りの 八月一日と 十二月の六日と 喪還に入り 九月十三日 を上げ 御上后と』31文
    マキムキの ヒシロの五十三年 年ツミヱ 八月初日に ミカサ臣 妹背の神臣 ヲオカシマ 二百五十七歳 捧ぐ餞押』ミ序
    八月初日は ウケ祭ミ7文

    八月初めは 二陰咲く  草臥す ウカ祝の 果実並ぶる "ホ" 元神』ミ9文

  

  

ホツミノマツリ

  
穂積の祭 (果実の祭)。 
収穫祭。 =ウケ祭・ウカ祝
タネコトヨの国で穢直りの祓「カセフの祭」により、稲の凶作を防いだ事に始まる。 
孝安天皇
垂仁天皇 は、自ら『カセフの祭』を行い、『ホツミの祭』をやっている。 
返り詣でのホツミ」とあり、実りを神に感謝する意味合いの祝だったことがわかる。
  

ら努めて 押草の 守りに苗も よみがえり みあつく成れば 賑はひて 故に "果実の 祭" なす』31文
叢雲 蝕虫を 付くれば の 自らに 祓ひ "カセフの 祭" なす 故 よみがえり 瑞穂充つ よりて "果実の 祭" なす』31文
に申せば 自らに カセフの祭 なしませば やはり若やぎ 瑞穂成る 返り詣での 果実をも 自ら祭り』37文
八月初日は ウケ祭 二陰立つ風に 萱を臥す 臥し粗れ萎わき ソロ穢えば シナト祭に ノワキ討つ 蝕の祓ぞ』ミ7文
八月初めは 二陰咲く  草臥す ウカ祝の 果実並ぶる "ホ" 元神』ミ9文
の山は 饒ウケモチの ヤツミミも カセウ ホツミも 力 守るなり』フ113

  

  

ホツミノオシウド

→ 語義
  

穂積の治人。
孝霊天皇は、ハラミ山への御幸の後、梅宮ハフリ「ホツミのオシウド」に、ヰヅアサマ御子 (ムメヒト・サクラギ・ウツキネ) と ヤマヅミ (マウラ) の四神を、和す河原に移させる。
「ホツミ」はホツマ国に根拠を置き、代々ハラヲキミに仕える族の姓だと思われる。その先祖はおそらくオオヤマスミ
  

静岡県富士宮市朝日町、冨知 (フヂ) 神社
  

梅宮の ハフリ 穂積の治人に イツアサマ御子 ヤマツミの 四神移して 和す川原32文

  

  

ホツミテシ

→ 語義
  

(穂積右仕・穂積右使)。  =テチカ (右近)
タチバナモトヒコ羽の臣ではないかと思われる。穂積のオシウドの後裔か。 
ヤマトタケ
の東征に先駆け、オトタチバナ姫 (タジマモリの娘) サクラネマシ (桜主左仕) と共に、サガムのオノの城に遣わされる。
後にテチカマチカの二人は大磯の海岸に、海中に身を投げたオトタチバナ姫の櫛と帯を見つける。ヤマトタケはその帯と櫛を塚 (吾妻守) を築いて埋め、ソサノヲヤスカタ神に倣って、連り天引の祭りを行い、社を建てる。
  

■ホツミテシ=オシヤマの可能性が強いと見ている。タジマモリを失ったハナタチバナ姫を娶ったときにモトヒコの臣として下されたか。
★『旧事』穂積忍山宿禰。日本武尊の妻、弟橘媛の父。

 
  

タチハナ姫と ホツミテシ サクラネマシを 先に遣り』39文
『軍 下れば ヒタカミが 招くモトヒコ 頷かず 相模の小野に 城 構え テシマシらと 守り固む』39文
マチカテチカの 臣二人 ヲトタチハナの 櫛と帯 得れば嘆きて 姫のため 連り天引の 祭なす』39文
『これソサノヲの オロチをば 連りヤスカタ 神となし ハヤスヒ姫も アシナヅチ 七姫 祭る 例し以て』39文
『形見をここに 塚となし 名も吾妻守[東守] 大磯に 社を建てて 神祭』39文
『東方へ 行けば相模に 御饗なす マシテシ拝み 泣き曰く " 滅ぼして まみえ得ず"』40文

  

  

【ホツマツタヱ解読ガイド】 【ミカサフミ解読ガイド】 【ふとまに解読ガイド】
【やまとことばのみちのく】 【にしのことばのみちのく】 【あめなるみち】
【ホツマツタエのおもしろ記事】