マキムキ

→ 語義
  

纏向山。
垂仁天皇はここのタマキ宮に、景行天皇はここのヒシロ宮に遷都。
  

【巻向山・纏向山】まきむくやま −広辞苑より−
奈良県中部、桜井市北部の山。海抜567m。痛足(あなし) (歌枕)。 
  

★『2009/03/20のyahooニュース』
邪馬台国の最有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、3世紀前半の建物跡(柱穴)や凸字形の柵(さく)が見つかり、市教育委員会が20日発表した。過去に見つかった建物跡とあわせ、3棟が東西に整然と並ぶことも確認。当時、方位に合わせて計画的に建てられた例は極めて珍しい。

  

  

マキムキタマキミヤ

→ 語義
  

纒向珠城宮。 
奈良県桜井市巻野内。
垂仁天皇
(イクメイリヒコ・ヰソサチ) の都。

★奈良市尼辻町にある垂仁天皇の大きな前方後円墳の周濠中に浮かぶ小島がタジマモリの墓だと言われています。又、持ち帰ったはその後、垂仁天皇の纒向珠城宮のあった穴師の里に植えて広められ、ここのミカンは代々天皇に献上されるようになりました。
★垂仁天皇は、三輪山の西北のふもと、穴師という所にあった纒向珠城宮を皇居としておられたが、今は蜜柑畑のひろがる大和の蜜柑所となっている。
  

『二年二月 サホ姫を 内宮に立つ 新都 移す纏向 珠城宮35文
珠城宮 九年九月十六日  夢 ヤマトオオクニ 神の垂 賜えば孕み』
36文
珠城宮 二十七年八月 七日 ヲミト 兵器を幣に 占問えば 吉』37文
出て 玉水宿り 二日河合 幣 納む 御祖神 山背フチが 御饗なす』37文
『諸も涙で 四本 殿前に植え 株四本 菅原に植ゆ』37文

  

  

マキムキヒシロミヤ

→ 語義
  

纒向日代宮。 
奈良県桜井市穴師。
景行天皇
(ヤマトオシロワケ・タリヒコ) の都。 
  

マキムキの ヒシロの御代に ミカサ臣 妹背の神臣 ヲヲカシマ 二百四十七歳 捧ぐ餞押』
纏向日代 新宮に 帰り入ります ヤサカ姫 なる美濃内侍38文
『十九年九月八日 纏向の 宮に帰ます』38文
穴門・吉備  渡りあらぶる 者殺し 浪速岸端の 曲族 みな殺し得て 二十八年の 二月初日 纏向の 都に帰る』38文
纏向の 日代の四十年 六月 ホツマ騒げば サカオリの タケヒ上りて 巡幸り乞ふ』39文
纏向の 日代の暦 四十一年春 ヤマトタケ君 木曾路より 到る尾張の タケトメが 孫のの 家に入る』40文
この君 日代 皇の 二の御子 母は イナヒ姫 十二月の十五日に 餅つきて  餅花 成して 双子生む』40文
日代四十四年 三月十一日 黄昏よりぞ 神輿行き  能褒野を東 諸司 掲む灯燃』40文
『十二月に上り 伊勢の国 愛妹に 御座します 五十四年九月 三十日には 日代の宮に 帰りますかな』40文
マキムキの ヒシロの五十三年 年ツミヱ 八月初日に ミカサ臣 妹背の神臣 ヲオカシマ 二百五十七歳 捧ぐ餞押』ミ序

  

  

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