イクメイリヒコ

→ 語義
  

活目入彦五十狭矛尊。 
11代垂仁(すいにん)天皇。
ミマキイリヒコ
(10代崇神天皇) 内宮ミマキ姫の第2子。斎名:ヰソサチ(五十狭矛)
マキムキのタマキ宮に遷都。 
内宮
サホ姫の兄サホヒコが天皇の殺害を企てるが、サホ姫の涙によって露見し、ヤツナダが成敗する。 
スマイ
(相撲)を始める。 
アマテル
トヨケの神霊を伊勢に鎮める。 
兵器を御幣として神社に奉納することを始める。 
天皇が罷った際の臣の殉死の慣行をやめ、代わりに埴で作った奉物を埋めることとした。 
カモ
の神 (ワケイカツチ神御祖神) の社殿を新築して遷す。 
タジマモリ
トコヨに偵察に行かせる。 
スガラフシミ
に葬られる。

 

ミマキイリヒコ─┐
  (崇神天皇) ├────イクメイリヒコ(垂仁天皇)
ミマキ姫────┘       ┃
                ┃
ヒコヰマス────────サホ姫[内宮1] ─────── (1)ホンツワケ
                ┃
ツヅキ県主タルネ───┬─カバヰツキ姫[内宮2] ──── (2)ヤマト姫
           │    ┃
           └─カクヤ姫[内侍]       ┌ (3)ニシキイリヒコ
                ┃          ├ (4)ヤマトヲシロワケ(景行天皇)
タニハチヌシ─────┬─ヒハス姫[内宮3] ─────┼ (5)オオナカ姫
           │    ┃          └ (6)ワカギニ
           │    ┃           
           ├─ヌハタニイリ姫[典侍]───┬ (7)ヌデシワケ
           │    ┃         └ (8)イカタラシ姫
                      ├─マトノ姫[内侍]
           │    ┃          ┌ (9)イケハヤワケ
           └─アサミニイリ姫[内侍]───┴(10)アサヅ姫
                ┃
オホクニサラズ──────カマハダトベ[内宮4] ────(11)イワツクワケ
                ┃
ヤマシロフチ───────カリハタトベ[??]─────┬(12)ミヲヤワケ
                          ├(13)ヰイソタリヒコ
                          └(14)ヰタケワケ

 

オトドオオカシマ
アサド:オオトモタケヒ
ケクニのオトドタケミクラ

上鈴649年 (崇神29年) 1月1日生まれ。
上鈴689年 (42歳) 即位。
上鈴787年 (137歳) 崩御。
  

★『旧事』大新河命(おおにいかわのみこと) を大臣とし、十市根命(とおちねのみこと) を五大夫の一人とした。十市根命に物部連の姓を授け、大連とした。
  

『二十九年 初日ヲウトに また 生む御子イクメ イリヒコの 斎名ヰソサチ』34文
トヨ君と イクメ君とに 御言宣 "汝ら 恵み 等しくて 継ぎ領る事の 夢すべし"』34文

トヨキ申さく "ミモロ上に 東に向き八度 矛遊戯し" イクメ申さく "ミモロ上に 四方に縄張り 雀 追ふ"』34文

この夢を 考えて "が夢 ただ  東向き ホツマ治めよ は四方 民を治むる 代嗣なり"』34文

『四月十九日ツミヱ 御言宣 ヰソサチ立てて 代嗣御子 トヨキイリヒコ ホツマ司ぞ』34文

『ある日ヒカトベ 若宮に 告ぐる我が子の この頃の歌 "玉藻垂つ 出雲祭らば まくさまじ"』34文
『"日夜見御使 フリネ 御明暗見 三十九宝の 神殻主 だに身屈り 神霊 垂づが 和し厳みは 神殻主やも"』34文
内臣 喪還に入り 外の臣やはり 政事 十月十一日に 骸を 山辺に送る』34文
斎名ヰソサチ 歳四十二 和つ日月を 受け継ぎて イクメイリヒコ 天君と 飾りを民に 拝ましむ』35文
生れ付き ただ直く 心ほつまに 驕り無く 夢の徴に 御代の始』35文
『秋天に遅れ 冬 納め いま七十九 御上とし 大母 今年 百八十九』35文
『二年二月 サホ姫を 内宮に立つ 新都 移す纏向 珠城宮35文
『(サホ姫) 十二月生む御子 ホンツワケ 得もの言わず』35文
任那より ソナカシチして 貢上げ 初御代 祝ふ』35文
『大御酒 賜ひ 賜物  五色の 上熟錦  百機 任那に 賜わりて シホノリヒコが 幟立て  国に送れば 道開く』35文
『三年一月 モロスケ 臣に召す』35文
『昔 ヒボコが 土産物 ハホソ アシタカ ウカカ珠 イツシ小刀 イツシ矛 霊鏡 奠の胙据 イテアサの太刀』35文
『この八種 但馬に納む』35文
サホヒコが に問ふは " 何れ篤きぞ"  后つひ "兄" と答ふに 誂うる』35文
『"と 代踏まば 安き枕や 保たんぞ を弑せよ 我がため" と 秘刀持て 授くとき』35文
『初日  御幸して 来目高宮に 膝枕  "思えば この時" と  涙流るる  君の顔』35文
夢覚めて 宣給ふは "いま我が夢に 色 首に纏えて 騒の雨 面 濡らすは 何の清汚"』35文
の恵みも 背き得ず 告ぐればを 滅ぼせり 告げざる時は 傾けん 恐れ悲しみ 血の涙』35文
が誂え ここなりと が昼寝の 膝枕 もしや狂える 者あらば 偶に得る 功と』35文
『思えば涙 拭く袖に 溢れて御顔 潤せり 夢は必ず この応え はこれと』35文
秘刀 出せば  御言宣 近方にある ヤツナダを 召してサホヒコ 討たしむる』35文
『御言宣 "御子を 出すべし" と あれど出さず ヤツナダが 火攻めになせば 后まず 御子抱かせて 城を越え』35文
に申さく "が罪 逃れんために 我 入れど 共に罪ある ことを知る』35文
『たとひ罷れど 御恵みを 忘らで 後の 定めには タニハチウシの 姫をもがな』35文
が許しの ある時に 炎 熾りて 城 崩る 諸人更れば サホヒコと も罷る』35文
ヤツナダが 功 褒めて 賜ふ名は タケヒムケヒコ35文
コモツミの 子のツツキ タルネカバヰ ツキ姫を 立つ 妹の カクヤ姫 なる内侍 五日 寿ぎし 回棚機の 神祭35文
『ある臣 に 申さくは 當麻クエハヤ 大力 地金を延ばし 角を割く 金弓造り』35文
諸に問ふ "クエハヤに 競ぶる力 あらんをや" 申さく "ノミの スクネなり"』35文
ナガオイチして これを召す ノミのスクネも 喜べば "明日 競べん" と 御言宣』35文
『力競ぶる 上の法 争いの里に 埴庭成し タエマは東より ノミは西に』35文
『合ひ立ち踏めば ノミ強く クエハヤが脇 踏みてまた 腰 踏み殺す 時に 団扇を上げて 響動ませば 臣も喜び』35文
クエハヤが 金弓および 當麻国 ノミに賜わり 言えば妻 "ツキ無しの身は 弓取ぞこれ"』35文
珠城宮 九年九月十六日  夢 ヤマトオオクニ 神の垂 賜えば孕み』
36文
『月満ちて 生まずに病めて 三年後 九月十六日に 生む御子の 名はヤマト姫
36文
『後病で 十月二日に  罷る ツヅキカバヰの ツキの神 嘆き祭りて』36文
『召す丹波 道の治人の姫 ヒハス姫 ヌハタニイリ姫 マトノ姫 アサミニイリ姫 タケノ姫36文
ヒハス姫 に立てて 妹三人 典侍内侍に タケノ姫  一人返せば 恥かしく  輿より罷る 堕国ぞ』36文
『十日   生む御子ニシキ イリヒコの 斎名ヰソキネ 二十年真冬 生む御子ヤマト ヲシロワケ 斎名タリヒコ』
36文
『次に生む オオナカ姫と ワカギニの 斎名ハルヒコ』
36文
典侍ヌハタ 生むヌデシワケ 次に生む イカタラシ姫 アサミ生む イケハヤワケと アサヅ姫36文
『"ホンツワケ 髭生い騒ち もの言わず これ何故ぞ" 諸 議り ヤマト姫して 祈らしむ』
36文
『十月八日  殿に立つ 時 ホンツワケ 飛ぶ 見て曰く "これ 何ものや"』36文
喜びて "誰かこの 鳥 捕り得んや" ユカワタナ " これ捕らん" 君曰く "捕り得ば 褒めん"』36文
御子もて遊び もの言えば ユカワを褒めて 鳥取部 姓 賜わる』36文
『二十五年の 二月八日に 御言宣 タケヌガワケと クニフクと ミカサカシマと トイチネと タケヒら 諸に』
『我が御親 ミマキは聡く ほつま知る 誤り正し 謙り下り 神を崇めて 己を懲らす  故 繁篤く 民 豊か』
『今 我が代にも 怠らず 神祭らん" と』
36文
『本末戻し 真中以て 大宮柱 敷き立てて 千木高しりて 宮 成れば  に申し』36文
『御言宣 "ミカサの大臣 斎主 ワタラヒ臣は 神主に アべタケヌガを 御代りと ワニクニフクを 内代り』36文
モノベトチネを 御上から タケヒ朝臣を 皇子代り" 各々詣で』36文
『二十六年の 九月十六の日 大御神 ヰソスズ郷の サコクシロ 内に渡まし 十七日の夜 御丈柱を 納めしむ』36文
『これの 自らの 高の都に 繁 祈り "雨風の節 程良くて 豊かに実れ" と  伏し痩すみ 礼ひ申す 御恵みや』36文
も喜び 告げ曰く "昔 我が住む サコクシロ 繁き和み寄する 妹背の宮"』36文
『永く鎮まり 守るべし トヨケの神と 諸共ぞ" ヤマト姫より これを告ぐ』36文
喜びて 和幣成し トヨケの神へ 差使は ミワミケモチ 斎人は タニハミチウシ36文
『兵器を 幣に 占問えば吉 弓・矢・太刀 諸の社に 納めしむ 神部定めて よりよりに 器に祭る 初めなり』37文
『五日罷る 兄ヤマトヒコ 十一月二日 骸 送る 築坂に 侍る人らを 生きながら 埋めば叫び つひに枯る』37文
『御子ヰソキネと タリヒコと "望む所を 申すべし" ヰソキネ曰く "弓矢得ん" タリヒコ曰く "位得ん"』37文
二御子の 望むまま 弓矢賜わる 兄の宮 "は位を 継ぐべし" と』37文
ヒハスの 回送りは 諸臣召して 御言宣 "先の追枯れ 好からねば この行ひは 如何にせん"』37文
ノミのスクネが 申さくは "生けるを埋む 例しとは あに良からんや 計らん" と 出雲埴仕侍 百召して』37文
埴偶および 種々の 形造りて 奉る "今より後は 埴仕物を 生けるに代えて 陵に 埋えて例しと なすべしや"』37文
埴生の 奉物を 後の例しと 定まりて ノミのスクネを 篤く褒め 形し所を 賜わりて 埴仕の司ぞ』37文
タタネコは 璽 捧げて "賀茂の宮 粗るるを付して 思みれば 賀茂妹背とは 上祖なり すでに破れて 稜威細し"』37文
聞こし召し タタネコが 孫クラマロを 斎主 名もオオカモと 賀茂社 新に造らせ』37文
『十一月十五日 御祖 渡坐し  翌十六日 ワケイカツチの 宮移し オオタタネコを 差使和幣納むる』37文
賀茂に御幸の 道造り サラに打橋 造り木の 木津は仮橋 三月初日 八十供そろえ』37文
出て 玉水宿り 二日河合 幣 納む 御祖神 山背フチが 御饗なす』37文
『三日貴船より 賀茂に行き ワケイカツチの 大神に 幣 納め』37文
カモスミが 新殿前に 鶏 蹴合ふ  楽しめば 童んべが 色良き鶏を 褒め曰く "いよカマハタよ"』37文
『曰く "これ 流行り歌なり 大国が 娘カマハタ 美しく あめに輝く これ名付く"』37文
『四日宇治に行く 道すがら "良き人得んば 徴あれ" 矛取り 祈り 大亀を 突けば成る石 これ徴 宇治の亀石37文
『帰る後 サラスが娘 呼び上せ カマハタトベを とし イワツクワケの 御子を生む 
斎名トリヒコ』37文
フチが姫の カリハタトベも ミヲヤワケ ヰイシタリヒコ ヰタケワケ 三人生むなり』37文
『九月ヰソキネ 高石 茅渟の池掘る 十月掘る 狭城迹見と 諸国に 八百の池溝 造らしむ 成栄増えて 民富める』37文
『三十七年 初日 ヲミヱ立つ タリヒコは十八 代嗣御子』37文
ヰソキネは 打身で造る 千剣を "アカハダカ" とも 名を付けて 忍坂に置く』37文
垂り侍 達侍 大老仕 刃造仕 尊瓮守 天の央界侍 地の僻侍 太刀佩かせ侍の 十品侍を 合せ賜わる』
37文
『六十四年 五月雨四十日 降り続き 稲田みもちに 傷み枯る』37文
に申せば 自らに カセフの祭 なしませば やはり若やぎ 瑞穂成る 返り詣での 果実をも 自ら祭り』37文
新羅御子 ヒボコが苞の 宝物 但馬にあるを いま見んと ヒボコが曽孫 キヨヒコに 差使遣れば 奉る』37文
畏みて また問わず 自づと到る 淡路島 神と祭りて 社 建つ』37文
を求めに タジマモリ トコヨに行けよ 我が思ふ クニトコタチの 御代の木』37文
『七月初日 罷る 歳 百三十七 御子の喪還入り 四十八夜 埴奉物し』37文
『十二月十日 菅原伏見に 回送りの 灯も輝く 神の御幸ぞ』37文
『明くる春 三月に帰る タジマモリ 研ぎ優ぐ芳ぐ果 二十四篭 橘の木四差 株四差 持ち来たる間に  罷る』37文
『土産半ばを 若宮へ 半ばをの 御稜に 捧げ申さく "これ得んと 遥かに行きし トコヨとは"』37文
『"の隠れの 及びなき 風を馴染むの 十年経り あに思ひきや 凌ぎ得て 更 帰るとは"』37文
『"の 貴霊によりて 帰る今 すでに更ります  生きて 何かせん" とて 追ひ罷る』37文
『先にタジマが 遺し文 "国 染まざれば 橘の木を 得んと思えば 橘の モトヒコが家に 年経りて』39文
『馴染みて巡る ヒタカミと シマツの君に 会ひ知りて やや得てを 引かぬ間に  神となる』39文
『散々悔み いま若宮に 奉る  僕が モトヒコに 結ぶしづくの 源を 思してホツマ 領ろし召せ"』39文

  

  

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