オハリ

→ 語義
  

尾張。

  1. 今の愛知県の西部。尾州。張州。
      
    纏向の 日代の暦 四十一年春 ヤマトタケ君 木曾路より 到る尾張の タケトメが 孫のの 家に入る』40文
    『御足傷むを やや悟り 尾張に帰り ミヤツ姫の 家に入らずて 伊勢の道 尾津の一松40文
    『百歌ひ ながら眼を閉ぢ 神となる 為すこと無くて 営みす 歌は尾張へ』40文
      

      
  2. 尾張国造。 
    タケトメ
    の子の健宇那比命。タケモロズミオオアマ姫の父。
      
    『仮典侍となる 尾張が姫 オオアマ内侍 長橋の ヲシテ執る守』33文

      
      
  3. 尾張連。 
    健多乎利命
    の子のオトヨ
      
    纏向の 日代の暦 四十一年春 ヤマトタケ君 木曾路より 到る尾張の タケトメが 孫のの 家に入る』40文
    『この時御使 タタネコと 尾張連と 新ハラの オホマの神と 名付くなり』
    40文
      

  
■「オハリ(尾張)」は葛城の「タカオハリ」と同根と思われる。
葛城を治めるツルギネ一族とタカクラシタの一族との婚姻によって発生したのが尾張連だと推測する。
★『旧事』天忍男命は、葛木の剣根命の娘の賀奈良知姫(かならちひめ) を妻とし二男一女を生む。即ち尾張連の祖の瀛津世襲命、建額赤命(たけぬかあかのみこと)世襲足姫命。瀛津世襲命または葛木彦命(かつらぎひこのみこと) は、池心朝 (孝昭天皇) の御世に大連と成った。
熱田神宮の大宮司家は、当初尾張氏で火明命の後裔と伝え、大和国葛城郡高尾張邑に起こったという。尾張国造として尾張の古豪となり、熱田大宮司職を世襲した。
★崇神天皇の頃は大和国葛城郡高尾張邑を本拠とする。以後は美濃、飛騨などに移居するが、14世孫乎止与命が尾張国造となる。尾張の地名は、尾張氏の移住により生じたものと思われる。尾張国造の末裔は熱田大宮司となる。

  

タカクラシタアメヰダキアメオシヲー┬オキツヨソ
                    ├建額赤彦───┐
                                      └ヨソタリ姫    │
                                                     │
 ┌ーー────────────────ー───────┘
 │
 └タケヅツグサタケトメ─┬健宇那比命─┬タケモロズミ
          ↑   │      └オオアマ姫
          │   │
     タケヒテル┘   └健多乎利命オトヨミヤズ姫
                           ┃
                         ヤマトタケ
  
ワカヤマトネコヒコ┐
    (開化天皇)├────ミマキイリヒコ(崇神天皇)
イカシコメ────┘      ┃           ┌(6)トヨキイリヒコ
                ┃           │
オオヒコ────────┬─ミマキ姫[内宮]───────┴(7)イクメイリヒコ(垂仁天皇)
            │   ┃
            └─クニカタ姫[内侍]──────┬(8)チチツクワ姫
                ┃           │
                ┃           └(9)イカツル
                ┃
紀の国造・アラカトベ────トオツアヒメクハシ姫[内侍]─┬(1)トヨスキ姫
                ┃           │
                ┃           └(3)ヤマトヒコ
                ┃
アフミ国造・水之穂真若王──ヤサカフリイロネ姫[大典侍]─┬(4)ヤサカイリヒコ
                ┃           │
                ┃           └(5)トチニイリ姫
                ┃
オハリ国造健宇那比命───オオアマ姫[長橋]───────(2)ヌナギ姫

  

  

オハリムラジ

→ 語義
 

尾張連。 
オトヨ(乎止与命)
神武天皇がタカクラシタ大連の称号を授けて以降、連といえばタカクラシタの子孫(尾張)を指すようになったように思う (他の連は出てこないから)。
  

ヤマトタケ君 木曾路より 到る尾張の タケトメが 孫のの 家に入る』40文
『この時御使 タタネコと 尾張連と 新ハラの オホマの神と 名付くなり』40文

  

  

オハリツシマ

→ つしま
 

尾張津島 (尾張沈州)。 
文脈から考えると、津島市のツシマではなく新ハラオホマ宮(熱田神宮)の所在地のように思える。
つまり場所としては、ツシマ=アイチタ=アツタ=蓬莱島
  

『"コウスが平けし 国巡りなさん" と 伊勢に御幸なり』  先ずを発って伊勢に至る。
尾張ツシマに 到る時  迎えば 子の如く 共にオホマの 宮に入り』 道を戻って尾張ツシマに至り、オホマの宮に入り和幣を供える。
『その夜の夢に ツシマ杜 白斎鳥なる』 その日の夜の夢、ツシマ杜に白斎鳥が現れ語る。

 

尾張ツシマに 到る時  迎えば 子の如く 共にオホマの 宮に入り 自ら作る 和幣 奉て』40文
その夜の夢に ツシマ杜 白斎鳥なる ヤマトタケ40文

  

  

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