ミヅホ

→ 語義
  

瑞穂。
結び。実り。成果。結果。収穫。
  

ミソギに民の 調ひて 弥和通る 葦引きの 千五百の生田の 瑞穂 成る』5文
和の教えに かかんして のんアワ国は てんヤマト5文
『むべなり  四方巡り 培ふ道に 糧 増やし 暇あらせで 地 恵り 万の葦原も 瑞穂なる』17文
『培ふば 惨の葦原も 瑞穂成る 民と成せ臣 臣と成れ民』
17文
『末々の 民も導き 素直なる 業も教えて 培えば 家も栄えて  殖ゆる 瑞穂と成せる 上み歌ぞ』17文
『"豊葦原の 千五百秋 瑞穂の田 あり 汝 行き 領すべし" とて 経と矛と 授け賜る』23文
『国 乱るれば 田も粗れて 瑞穂上らず 貧しきを 罪人斬りて 耕せば 瑞穂の成りて 民 豊か』
23文
『生みて教える 調の道を 受けて治むる 千五百村 調の道 通り 大年の 瑞穂得るなり』23文
山田のタカク ミヤ川の 上より堰 堤 築き ついに高野を 田となせば 五年の内に 瑞穂成る』24文
『この秋 瑞穂 力なす 故 熟果留の 御衣となす 紋に果を留め 織る 大嘗祭る 御衣はこれ』24文
なお豊かにて 十万年 瑞穂上れば 民 安ぐ
24文
ウツキネ ハラの 宮に行き 暇を乞えば ムメヒトも 共に上りて ミツホなる 天君拝む』25文
ウサの県に 流行らせて 五月の十五日の 春祝 餅飯・ハヱ敷き』25文
ウケ神に 斎ふ穂長と ユツリ葉の ほつま遊びの 瑞穂歌 楽し賑わふ トヨの国 三十二 みな流行る』25文
叢雲 蝕虫を 付くれば の 自らに 祓ひ "カセフの 祭" なす 故 よみがえり 瑞穂充つ よりて "果実の 祭" なす』31文
『田に額づけば よみがえる やはり若やぎ 瑞穂充つ 民 糧増えて 賑えば "大食主の 祭臣[政臣]" 名付く』
に申せば 自らに カセフの祭 なしませば やはり若やぎ 瑞穂成る 返り詣での 果実をも 自ら祭り』37文

  

  

ミヅホノミヤ

→ 語義
  

  1. (水保宮・水圃宮)。
     ニニキネアワ海周辺の新田開発の途上、鏡山三上山辺りに仮宮を作り、これを『ミヅホ宮』と名付ける。 
      
    『"ミオチワキも 田はここに これ鏡なり" 仮宮を ミヅホと名付く』24文
      

      
  2. (水端宮・水辺宮)。
     後にニニキネ三番目の都としてオオシマが建設。その後、ホホデミの御代まで都であった。 
    滋賀県守山市の野洲川河口に水保(ミズホ)町という住所があるが、この近辺に間違いなかろうと思う。
    ニニキネがここを都とした時、ホノアカリハラアサマ宮ホノススミウカワ宮、ホオテミを大津シノ宮に配置する。
      
      
    ワケイカツチの 天君は 深き思ひの あるにより オオシマをして アワ海の ミツホの宮を 造らしむ』25文
    御神及び チチ姫を 拝みてアワの ミツホ国 宮移し成る』25文
    ウツキネ ハラの 宮に行き 暇を乞えば ムメヒトも 共に上りて ミツホなる 天君拝む』25文
    『故 ムメヒトを 央君とす コヤネモノヌシ 諸共に ここに留まり 政 聞け』25文
    『後にミツホに 帰えませば ムメヒト央君 シワカミの ホツマの宮に 帰りますかな』25文
    『大ワニを シガの浦より 綱 解きて 早ちに 北の都に着きて イササワケより ミツホまで 御帰りあれば』26文
    『この由を ミヅホに告げば 驚きて ホタカミをして 留めしむ ヲニフの ひた飛べば』26文
    ミヅホには ニハリの例 ユキスキの 大御祭の 大嘗会 三種の受けを 天に応え』26文
    『この時に ミツホの宮は トヨタマの ふたたび上る 喜びぞ』27文
    アマノコヤネと モノヌシと 左右に侍りて 三千モノベ 八百万草も 治めしむ』27文
    には キ・ミ睦まじく 八百日経り ツクシの十八と 四十五万 年経て治む 和日月27文
    和日月 譲らんために 御子を召す 皇太子は ヲニフより ミツホに御幸 まみえ済む』27文
    タガ二尊 果つの宮 今 破るれば 造り替え ミツホの宮を 移し居て 常 拝まん』27文
    御子カモヒトは 日月受け ミツホを移す タガの宮 治むる民を 子の如し』28文

  

  

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