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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第194回 [2024.10.29]
第三六巻 ヤマト姫 神鎮む文 (3)
著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com
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垂仁天皇ー2-3
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やまとひめかみしづむあや (その3)
ヤマト姫 神鎮む文 https://gejirin.com/hotuma36.html
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ふそふほしはす すえやかに やまとめよしこ ことしそひ
かみにみつきの みつえしろ わかこをやこか ともなひて
うすめかみくし あくるとて おとすくしたに としこえて
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二十二年十二月 二十八日に ヤマト姫ヨシコ 今年十一
神に貢の 御杖代 ワカコ親子が 伴なひて
ウズメが 「御髪 上ぐる」
とて 落とす櫛田に 年越えて
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■神に貢 (かみにみつき)
「アマテル神の御用を足すこと/者」 をいいます。 ▶貢
ミツキ(貢) は イツキ(斎)、ミツエシロ(御杖代)
の換言です。
■御杖代(みつえしろ)
■ワカコ親子 (わかこをやこ)
アメヒワケ の5世と6世の孫で、「イセの国造」
です。
オオハタヌシ、ワタラヒ臣 とも呼ばれます。
アメフタヱ─天波与命─アメヒワケ─彦国見賀岐建興来命─彦田都久禰命─┐ │ ┌───────────────────────────┘ │ └彦建津命─彦久良為命─ワカコ(親:オオワカコ)─ワカコ(子:オトワカコ)
★ワカコ
ワカ(▽和)+コ(▽凝)
で、ワカ(和) は 「陽陰の和合」 を意味し、イセ(妹背)
の換言。
コ(凝) は 「凝り固まったもの」 が原義で、クニ(地・国)
の換言です。
ですから 「イセの国」 また 「イセの国造」
を意味します。
■ウズメ (渦侍)
神社などで舞を奉納するために、君や斎宮の巡幸などにも随行したと考えられます。
■御髪上ぐる (みぐしあぐる)
御髪上げ
のことです。ミ(御・▽上)+クシ(髪)
は 「髪」 の尊敬語です。
★髪 (くし)
クス の 名詞形で、クス は コス(越す) の変態です。
この場合は 「他を越える所・上・高み」
が原義です。ゆえに カミ(上・髪) ともいいます。
クシ(串)、クシ(櫛) も同源で、こちらは
「通り越す物・貫き通す物」 を意味します。
■櫛田 (くしだ)
クシ(櫛)+タ(手・▽方)で、ウズメが
ヤマト姫の御髪上げに用いる櫛を落とした所、
ということから付けられた地名でしょう。 三重県松阪市櫛田町
に名が残ります。
櫛田神社 (くしだじんじゃ)
伊勢国多気郡。三重県松阪市櫛田町724。
現在の祭神:大若子命、櫛玉姫命、ほか
【概意】
垂仁22年12月28日に、この年11歳のヤマト姫ヨシコは、
神の御用を足す御杖代となるため、ワカコ親子に付き添われて
<やってくる。>
供のウズメが 「御髪を上げます」 とて、落とす “櫛田”
に年を越えて、
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いてたつはつひ あけのはら いせたかみやに いりませは
おはとつかえて なつきひめ かゐもてあにの こといのる
かれいゐのみや
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出で立つ初日 明けの原 妹背高宮に 入りませば
叔母と仕えて 九月 姫 粥もて兄の 異祈る
故 飯の宮
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■明けの原 (あけのはら)
「初日(はつひ)
が昇って年明けの夜明けを見た区画」
という意味の地名で、
三重県伊勢市小俣町明野(あけの)
に名が残ります。この別名が タカヒオガワ(高日拝)
です。
■妹背高宮 (いせたかみや)
トヨスキ姫 が 「イセイイノ(妹背斎野)
に建てた高宮」 です。 ▶トヨスキ姫 ▶高宮
倭姫命世記には 飯野ノ高宮
と記されます。 ▶倭姫命世記
この宮でトヨスキ姫 は ヤマト姫 の到着を待っています。
妹背斎野 高日拝に 進 止む 高宮造り 鎮めます 〈ホ36-2〉
竹神社 (たけじんじゃ)
伊勢国多気郡。三重県多気郡明和町大字斎宮2757-2。
現在の祭神:長白羽神、天照大御神 ほか
<筆者考> 社名の タケ(竹)
は アマテル神を表す名です。▶丈宮
所在地の タキ(多気) も タカ/タケ
の変態。
ここがほんまの 飯野ノ高宮
だと思います。旧地は 斎宮歴史博物館
の南西の隅。
■叔母と仕えて (おばとつかえて)
「叔母トヨスキ姫といっしょにアマテルの神霊に仕えて」
という意です。
■粥もて兄の異祈る (かゆもてあにのこといのる)
「粥
を神饌に捧げて、言葉が話せない兄 ホンツワケ
の変化を祈る」 ということです。 ▶異
ホンツワケが 飛ぶクグヒを見て
初めて言葉を発したのは、その翌月の8日のことです。
二十三年九月 ツミヱ初の 二日御言宣
「ホンツワケ ひげ生ひ いさち もの言わず これ何ゆえぞ」
諸 諮り ヤマト姫して 祈らしむ
十月八日 君 殿に立つ 時
ホンツワケ 飛ぶクグヒ 見て曰く 「これ 何ものや」 〈ホ36ー2〉
■飯の宮 (いゐのみや)
妹背斎野(いせいいの) の 高宮(たかみや)
を指しますが、
ヤマト姫が 粥=飯(いゐ)
を神饌として兄の変化を祈願したため、
“斎の宮(いいのみや)” であると同時に、“飯の宮(いゐのみや)”
でもあるということです。
【概意】
<出発すれば> 出で立つ初日、ゆえに “明けの原”。
ヤマト姫が妹背高宮に入りませば、叔母と共に神に仕えて、
9月に姫は粥を以て兄の変化を祈る。しかればまた “飯の宮”。
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みとせのち とよすきよはひ ももみつて
みつえならすと みならわせ かねてねかえは
このたひは よしこおうちの をみことし
みたまけかつき いゐのより いそへにうつし しつめます
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三年後 トヨスキ齢 百三つで
「御杖ならず」 と 見習わせ 兼ねて願えば
この度は ヨシコを “内の親王” とし
神霊笥かつぎ 斎野より イソベに移し 鎮めます
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■御杖 (みつえ)
「神の杖」 の意で、御杖代
の略です。
■ヨシコ
■内の親王 (うちのをみこ)・内親王 (うちをきみ)
ウチ(内) は サコクシロ内
の略で、「アウワ
の宮に坐す神」 を意味します。
それはすなわち アメノミヲヤ
≒ アマテル神 です。 ▶ヲミコ(親王) ▶ヲキミ(親王)
ですから 「アマテル神を斎く親王」 という意で、御杖代
の換言です。 ▶斎く
今日の 内親王(ないしんのう) も これを起源としますが、意味は変化しています。
■斎野 (いいの・いゐの)
■イソベ (磯辺)
イソ(▽結・▽妹背・磯)+ベ(辺・方)
の同義語連結で、
イソ は 「接する所・沿い・そば」 が原義、また イソ は
イセ(妹背) の変態でもあります。
それゆえ 「妹背の御神
のそば」 を意味し、それはつまり
アマテル神の生前の座所であった
「イサワの宮 と サコクシロ内の宮居
の近く」 ということです。
磯神社 (いそじんじゃ)
伊勢国度会郡。三重県伊勢市磯町1069。
現在の祭神:天照大神御霊、豊受毘賣神、木花佐久夜毘賣神
・延喜式神名帳には “礒神社”、倭姫命世記には “磯宮”
“伊蘇宮” と記される。
<筆者注> ホツマは “内端殿のイソ宮”
と記しています。
【概意】
3年後(=垂仁25年)、トヨスキ姫は103歳となり、
「もはや神の杖は務まらぬ」 と、ヤマト姫に見習わせ、
重ねて願えば、このたびヨシコを “内の親王” とし、
神霊笥をかつぎ、斎野よりイソベに移して纏ります。
三月八日 アマテル神を トヨスキは 放ちて付ける ヤマト姫 〈ホ36-2〉
この経緯の説明がようやくここで終るわけです。
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よきみやところ さにありと わかこおやれは
ゐすすかわ ふもやよろほの さるたひこ わかこにいわく
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「良き宮所 南にあり」 と ワカコを遣れば
ヰスズ郷 二百八万歳の サルタヒコ ワカコに曰く
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■良き宮所 (よきみやどころ)
「宮を建設するのに好適な場所」 という意です。
■ワカコ
■ヰスズ郷 (ゐすずがわ) ■ヰソスズ原 (ゐそすずはら)
ヰスズ / イスズ / ヰソスズ
は 「アマテル神の帰還」 を意味します。 ▶ガワ(側・郷) ▶原
よって 「アマテル神の帰還の区画」
という意味で、アマテルが最後に住んだ サコクシロ内
の地を
指します。これは今に言う 宇治(うじ)
です。また ヰソスズ原、ナガタ郷、ミモ郷
とも呼ばれます。
・君は筑紫の 高千穂ぞ 我はイセの南 ナガタ郷 〈ホ24ー3〉
・セオリツ姫と 大御神 「宮 移さん」 と ミモ郷に 天上る方
得て
サコクシロ内の宮居に 二万年経る 〈ホ28ー3〉
■サルタヒコ (▽猿治彦)
アマテルが世を辞むに際して、サルタは次のように遺言されています。
またサルタ 昔
授くる サカホコキ うつくしき鈴 ワイキタチ
“かかんのんてん” 時待ちて 道 現せよ 〈ホ28ー4〉
【概意】
「良き宮所が南にあり」
との告げを受け、ワカコを遣れば、
ヰスズ郷の208万歳のサルタヒコが、ワカコに曰く、
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われむかし かみのたまもの さこくしろ うちみやにいれ
あらみたま やよろほまちし かんたから
あまつひつきの さかほこき うつくしきすす わいきたち
かかんのんてん ときまちて みちあらわせと
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「我 昔 神の賜物 サコクシロ 内宮に入れ
荒神霊 八万年待ちし 神宝
“和つ日月の サカホコキ 美しき鈴 ワイキタチ
カカンノンテン 時待ちて 道現せ” と
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■サコクシロ内宮 (さこくしろうちみや)
アマテルがこの世で最後に住んだ宮の名です。 ▶サコクシロ内の宮居
■荒神霊 (あらみたま)
アラ(荒) は 「高まるさま・勢いづくさま・活発」
を意味し、陽陰の分離過程
で、
軽くて先に上昇して天となった 「陽」
を表します。ですから 「陽の神霊」 という意味です。
この場合は 「太陽/日の神霊」 の意で、つまり
「アマテルの神霊」 をいうものと思います。
■和つ日月 (あまつひつき)
この場合は 「調和する陽と陰」 の意に考えています。
■サカホコキ ■うつくしき鈴
(うつくしきすず) ■ワイキタチ
【概意】
「我が昔、神の賜物をサコクシロ内宮に入れ、荒神霊を8万年待ちたる神宝。
『陽陰を調和する サカホコキ、美しき鈴、ワイキタチ。
“かかん・のん・てん”
時を待ちて、道を世に現せよ』と <御言宣があれば>、
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おほろけの ものならすかれ こにもゑす そのぬしおまつ
これさつけ なかたうまれの つちきみは もとにかえらん
もちかえり つけよとてさる
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おぼろげの 物ならず 故 子にも得ず その主を待つ
これ授け ナガタ生まれの 辻君は 元に還らん
持ち帰り 告げよ」 とて更る
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■おぼろげ
(朧げ)
オボロ(朧)+ゲ(▽如・▽然)
で、 「まみれる如き・紛れる如き・埋もれる如き」
などが原義です。
ここでは 「他とかわらぬ・そんじょそこらの」
などの意です。
■得ず (ゑず)
ヱ(‘得る’ の未然形)+ズ(否定) です。ヱル(得る) は
「合わす・寄せる・付ける」 が原義で、
この場合は 「寄せず・付けず・譲らず・渡さず」
などの意になります。
■その主 (そのぬし)
荒神霊=アマテルの神霊 を指します。
アマテルの神霊は、ヤマト姫が担ぐ 神霊笥(みたまげ)
に宿っています。
■ナガタ生まれ (ながたうまれ)
「長手の生れ付き・何事につけて長いタイプ」
をいいます。 ▶ナガタ(長手)
■辻君 (つぢきみ)
サルタヒコ の別称である “チマタ守” の換言です。 ▶チマタ守
倭姫命世記は、サルタヒコの子孫を 宇治土公 (うじのつちぎみ)
と呼び、
玉串大内人として代々神宮に奉職したと書いています。
オトタマ川の しらすなに 昼寝して居る チマタ守 〈ホ24-3〉
■元に還る (もとにかえる)
「元の自分 (神霊としての自分) に回帰する」、つまり
「罷る・あの世に還る」 という意です。
【概意】
そんじょそこらの物ならず、しかれば子にも譲らず、その主を待つ。
これを授け、長手生れの辻君は元に還らん。持ち帰って <御杖代に>
告げよ」
と言って天に還る。
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おおわかこ かえりもふせは
やまとひめ うちにいたりて みていわく
これかんかせの いせのみや みくさはまつる みなもとと
いやまひかえす あくらいし
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オオワカコ 帰り申せば
ヤマト姫 ウチに到りて 見て曰く
「これカンカセの 妹背の宮 三種は纏る 源」 と
礼ひ返す あぐら石
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■オオワカコ
ワカコ親子
の親の方を指し、この時点での 伊勢国造 です。
オオ は ヲフ(老ふ) の名詞形で、ヲイ(老い)・ヨヤ(親)・ウエ(上)
などの変態です。
■ウチ (内・宇治)
サコクシロ内
の略で、後世は 宇治(うぢ・うじ)
と表記されるようになります。
■カンカセの妹背の宮 (かんかせのいせのみや)
「陰陽を和合する妹背の神の宮」 という意です。 ▶妹背の神 ▶宮
★カンカセの妹背 (かんかせのいせ)
カンカセ
と 妹背
は同義語で、どちらも 「陰陽とその和合」 を意味します。
そのため カンカセの(神風の)
は イセ(妹背)
を導く枕詞として使われます。
■三種 (みくさ)
サルタヒコより授かった、サカホコキ・うつくしき鈴・ワイキタチ
の3種の神宝をいいます。
■源 (みなもと)
■礼ふ・敬ふ (いやまふ)
ウヤマフ(敬ふ)
の変態で、「上げる・称える・尊ぶ・栄す」
などが原義です。
■あぐら石 (あぐらいし)
「サルタヒコが座っていた石」 をいうのでしょう。
“礼ひ返すあぐら石”
は、すでにサルタヒコは神となっているため、
サルタヒコが腰かけていた石を
依代とみなして礼を返す、ということです。 ▶依代
★あぐら
アグル(上ぐる) の名詞形で、アグル は アグ(上ぐ)
の連体形です。
「何かを 上げる/載せる台座」 をいいます。
【概意】
オオワカコが帰って申せば、ヤマト姫みずからウチに到って見て曰く、
「これ陽陰和合の妹背の宮。3種の品は神霊を纏る源」
と、礼い返すあぐら石。
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おおはたぬしと やそともに ゐそすすはらの くさからせ
おちこちやまの きおきらせ もとすえもとし まなかもて
おおみやはしら しきたてて ちきたかしりて みやなれは
みかとにもふし みことのり
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オオハタヌシと 八十供に ヰソスズ原の 草刈らせ
遠近山の 木を切らせ 本末もどし 真中以て
大宮柱 直立てて 千木 互しりて 宮 成れば
帝に申し 御言宣
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■オオハタヌシ
これも 「伊勢の国造」 を意味し、ワカコ
の別称です。
“大幡主命” の表記で神社に祀られます。
オオ(皇・大)+ハタ(端)+ヌシ(主)
で、オオ(大・皇) は この場合は 「大御神・皇大神」
です。
ハタ(端)は 「一端・区分・区画」 の意。ゆえに
「大御神の区画の主=イセの国の主」 という意です。
櫛田神社
(くしだじんじゃ)
福岡県福岡市博多区上川端町1-41。
現在の祭神:大幡主大神 (櫛田大神)、乙若子命
・大幡主大神は 天平宝字元年(757年)
伊勢国松坂の櫛田神社より勧請。
■八十供 (やそども)
アマテル神の御杖代には、天皇の御幸に匹敵するほどの供が付けられたようです。 ▶八十
■ヰソスズ原 (ゐそすずはら)
ヰスズ郷
の換言です。すでにこの時代には、かつてのアマテルの都の面影は消え失せ、
自然の原野に帰していたと考えられます。
■遠近・彼方此方
(おちこち)
今風に言えば 「あちこち・あっちこっち」 です。
■本末もどす (もとすえもどす)
「木の根元と先端を上下逆さまに用いる」
ことをいいます。
これは オオクンヌシ(=クシヒコ)
の定めた “宮造り法” によるものです。 ▶宮造り法
オオクンヌシの 考えは 木は逆しまに 頭
下
故 棟を以て 屋根となす 葺くは “やね” 根ぞ 〈ホ21-4〉
■大宮柱・皇宮柱 (おおみやばしら)
オオ(央・皇・大)+ミヤ(宮)+ハシラ(柱)
で、「皇宮の中心に立つ柱」 をいいます。
オオミヤ(皇宮) は、この場合は
アマテル神のそれですから、サコクシロ内
の宮(きゅう)、
つまり フトマニ図 における
“アウワ” の宮(きゅう)
を意味するように思います。
■直立つ (しきたつ)
シキ(直) は スグ(直ぐ)
の変態で、「まっすぐに立てる」 という意です。
辞書には 敷き立つ
と記されます。
■千木
(ちぎ) ▶画像
これは チギリ(契り) の チギ、また “チグハグ” の チグ
と同じで、
「互い違い・交わり・交差・クロス」 を意味します。
これは 陽と陰 / 天と地 / 神と人
の交わりを象徴するものです。
■互しる・違しる (たがしる)
「互い違いに合わす・交差させる」 という意です。
辞書には 高知る
と記されます。
タグ+シル(知る) の連結で、タグ は タガフ(違ふ)
の母動詞、
シル(知る) は 「合う/合わす・交わる/交える」
が原義です。
■宮 (みや)
こうして完成した 妹背の神(=アマテル大御神) の宮 です。
これが今日、「皇大神宮・伊勢神宮・内宮」
と呼ばれる宮です。
皇大神宮 (こうたいじんぐう)
伊勢国度会郡。三重県伊勢市五十鈴川上。三重県伊勢市宇治館町1。
現在の祭神:天照坐皇大御神
・延喜式神名帳には “大神宮” と記載。
<筆者考> “皇大” は ヲヲン(大御)
の別の当て字。ゆえにかつては
“ヲヲンカンミヤ” “イセノカンミヤ”
などと呼ばれたと推測。
【概意】
オオハタヌシと八十供にヰソスズ原の草を刈らせ、
遠近山の木を切らせ、本末を返し、その真中を以て大宮柱をまっすぐに立て、
千木を交差させて、宮が完成したことを帝に申せば、御言宣。
本日は以上です。それではまた!