豊の国。
豊前と豊後。今の大分県。宇佐の県はここにある。
ニニキネが整備した井堰を基盤にホオテミが開墾したことろ、豊かに瑞穂が実るようになったので『豊の国』と呼ばれるようになった。
ホオテミがツクシで開墾事業を行っていた頃、稲苗の植付け後の五月の十五日に、ハヱ葉・ユツリ葉をウケ神に供え、稲育成の真似事(ほつま遊び)を行って、収穫の歌を歌うという祭をウサの県で始めたところ、トヨの国に広がり、またツクシ全土で流行るようになった。今でも新春に門松・ハヱ葉・ユツリ葉を飾るのはこれが本となっている。
カヌナカワミミの時、御使人としてアメタネコがツクシを治めるが、タネコが行った稲治りの祓(カセフの纏り)によりトヨの国に直りのアガタができている。
『ウサの県に 流行らせて 五月の十五日の 春祝 餅飯・ハヱ敷き ウケ神に 斎ふ穂長と ユツリ葉の』25文
『ほつま遊びの 瑞穂歌 楽し賑わふ トヨの国 三十二の県 みな流行る』25文
『トヨ賑ひて 六万年 経てもアソ国 まだ肥えず 故
宮造り 移ります』25文
『筑紫より 御幸を乞えば 御代りと 直り中臣 下らしむ 豊の直りの 県
成る 三十二の主も 法を受く』31文
『船を浮めて ついに入る ヤマト浪速の ヒメコソの 宮より出でて 豊国の ヒメコソ宮に 神となる』34文
『豊の長狭に 仮都 十月に到る 速見村 長ハヤミツメ 御幸聞き 自ら迎え 申さくは』38文
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