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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第58回 [2023.10.10]
第十一巻 三種譲り見受けの文 (3)
著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com
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みくさゆづりみうけのあや (その3)
三種譲り見受けの文 https://gejirin.com/hotuma11.html
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うほきみかとに いてむかふ をしかむしろに たちなから
きみここのゑの しとねおり むゑにききます みことのり
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結君 門に 出で迎ふ 御使 席に 立ちながら
君 九重の 褥 降り 六重に聞きます 御言宣
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■結君 (うほきみ・うおきみ)
「ヒタカミ結君」 の略です。本来ヒタカミを統治すべき 7代タカミムスビの
タカキネが、オシホミミの 代の殿
となって近江の多賀で中央の政を執るため、
代嗣子の ヨロマロ が
タカミムスビ代行として就いた臨時の役職です。
叔母 更りませば 代の殿 政 執るゆえ ヨロマロを ヒタカミの守 〈ホ11-1〉
ウホ は ユフ(結ふ) の変態 “ウフ”
の名詞形です。よって “ヒタカミ結君” は
「ヒタカミを結ぶ君」 の意で、語義としては タカミムスビ
と同じです。
■御使 (をしか)
イサワ宮の大御神が タカノコフ
に派遣した カスガマロ
を指します。
■席 (むしろ)
ムス(▽結す)+シロ(代) の短縮で、「(身を)むすぶ区画」
を原義とし、
「身を据える場所・座席・所定の位置」 をいいます。
■君 (きみ)
あらたに 和つ君 となる
オシホミミ を指します。
■九重の褥 (ここのゑのしとね)
「9枚重ねの敷物」 です。
身分によって敷き重ねる褥の数は異なり、和つ君は9枚重ねです。 ▶九重
“九” は 「究・極・至高」 を表す数だからです。
★シトネ(褥・▽下和)
シト+ネ(寝・▽和) で、シト は シタ(下) の変態。
「下に寝せるもの・下に合わせるもの・敷物」
をいいます。
■六重 (むゑ)
九重の褥を敷く和つ君も、さらなる上位者に向かう場合には、一時的に3枚減らします。
和つ君の上位者とは アマテル大御神
であり、この場合はその御使の カスガマロ です。
【概意】
ヒタカミ結君は門に出迎える。
御使は席に立ちながら大御神の御言を宣り、
君は九重の褥を降りて六重にて聞きます。
以後はアマテル大御神の御言宣です。
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なんちおしひと わかかわり
つねのよさしも みたたしそ ちちのはるあき たみおなて
このやさかにの まかりたま あかくしひると もちゆれは
なかこますくに たもつなり
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汝オシヒト 我が代り
常の任も 充た足しぞ 千々の春秋 民を撫で
このヤサカニの 環珠 吾が貴霊と 用ゆれば
中子ますぐに 保つなり
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■任 (よさし)
ヨス(寄す)+シク(如く) の連結から ‘ク’ を省いた ク語法
で、
「寄せるもの・差し向けるもの・委ねるもの」
の意を表し、「委任」 をいいます。
辞書では尊敬語として扱っていますが、これはアマテル自らの言葉であるため、
尊敬語ではないと思います。
■充た足す (みたたす)
ミツ(充つ)+タス(足す)
の連結で、「充たして足らす・充足する」 の意です。
“充た足しぞ” は命令形で、「充た足せよ」
という意味です。
■千々の春秋 (ちちのはるあき)
「幾星霜 終始一貫して」 という意です。 ▶千々
★春秋 (はるあき)
ハル(春) は ハエ(生え) の変態で、「始まり・スタート」
の意、
アキ(秋) は アク(上ぐ)
の名詞形で、「あがり・ゴール・終り」 の意です。
ですから “春秋” は 始終・終始
の換言で、「常に・たえず」 の意を表します。
■民を撫で (たみおなで)
ここでは命令形で 「民をいつくしめよ」 の意です。 ▶撫づ ▶慈しむ
「民を我が子の如く慈しむことは上位者(君・臣)の義務である」
と、常にアマテルは説きます。
このことは17アヤで詳説されます。
■ヤサカニの環珠 (やさかにのまかりたま)
ヤサカニの環る珠
の換言で、これが 三種宝の第1 です。
オシホミミより後は、アメナルフミ(陽陰和る文)
がこれに代ります。
ヤサカニの環珠の実物はどんなものだったのでしょうか。
筆者は 陰陽太極図
が立体化したような、ツートンカラーの珠と考えてます。 ▶参考画像
(後世、2色それぞれの部分に似た形の物を “勾玉”
と称したのでは?)
陰陽太極図に関するおもしろいブログ
(“眞鍼堂” さん)
を見つけました。
ぜひご一読ください。
■我が貴霊 (あがくしひる)
ア(我・吾)
は 「アマテル自身」 を指します。
クシヒル(▽貴霊・▽奇霊)
は 「尊い霊・尊いエネルギー」 という意です。
アマテルは日月の神霊の顕現ですから、“吾が貴霊” とは
「日月の神霊」 を意味します。
■中子ますぐに保つ (なかごますぐにたもつ)
ヤサカニの環珠 は 「陽陰(日月)の調和した循環」
を表す珠です。
それゆえ “和して恵る君の
中子を曲りなく調和するモノザネとして使えよ”
ということでしょう。15アヤに 「人の中子は
元は日月である」 と記されます。 ▶中子
人は元 中子・心派 日月なり 〈ホ15〉
【概意】
汝オシヒトは我に代る者。常の任も充足し、幾星霜
終始一貫 民を慈しめよ。
このヤサカニの環珠を、日月の貴霊として用いれば、中子をまっすぐに保つなり。
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やたのかかみは たてにふれ もろとのさかお かんかみよ
またやゑかきは つにあつけ あらかみあらは よくむけて
めくみやわせて
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ヤタの鏡は 経に触れ 諸人の直曲を 鑑みよ
またヤヱ垣は 右に預け 争みあらば よく平けて
恵み和せて
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■ヤタの鏡 (やたのかがみ)
これが 三種宝の第2 です。
■経に触る (たてにふる)
「法に合わす・法に比べる・法に照らす」 などの意です。
法の根源はアメノミヲヤが大宇宙に敷いた 陽陰の道
にあります。
ですから 「陽陰の道に照らす・調和の道に基づく」
という意味です。
★経 (たて)
例えば機(=布)は、まず経糸があってそれに緯糸を交えることで織られます。
ですから経糸を 前提/基準/ベース としているわけです。
タテ(経) とは そうした
「優先するもの・前提・基準・おきて・法」
などをいいます。
タマ(▽尊・瓊)、ト(▽瓊・▽経) とも呼ばれます。
■直曲・清汚 (さが)
サガは 「直と曲」
が原義で、「清と汚・是と非・善と悪・功と罪」
などを意味します。
■鑑みる (かんがみる)
■ヤヱ垣 (やゑがき)
これは 「ヤヱ垣の剣」 をいい、これが 三種宝の第3 です。
これも深い意味が重なっており、23アヤでアマテル自身が詳しく語りますが、
簡単に要約すると 「家(国家)を汚穢から守る垣としての剣」
という意となります。
これは警察力を象徴するモノザネです。
■右 (つ)
ツは 「西」
を意味しますが、南を向いた時に、日の沈む方向ですので
「右」 と同じです。
この場合は 「右の臣」 をいいます。
■争み (あらがみ)
アラガヒ(争ひ)
の変態で、「あらそい」 の意です。
■平く (むく)
「平穏になる/する・治まる/治める・平定される/する」
などの意です。
■恵み和す (めぐみやわす)
“和して恵る”
“和照らす”
の換言で、「恵み調える」 という意です。
【概意】
ヤタの鏡は法に照らして、諸人の直曲を鑑みよ。
またヤヱ垣は右の臣に預け、争いがあればうまく治めて、恵み調えて。
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みてつから たまふみくさお うけたまゑ
なおもおもゑよ たからもの みることわれお みることく
めとるちちひめ あひともに つねむつましく みやひなせ
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「身手づから 賜ふ三種を 受け給え
なおも思えよ 宝物 見ること我を 見る如く
娶るチチ姫 相共に 常むつまじく みやびなせ」
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■身手づから (みてづから)
「自身の手を使って」 という原義で、ミヅカラ(自ら)、テヅカラ(手づから)と同義です。
ツカラは ツガル(連る・鎖る)の名詞形で、ツガルは
ツカフ(使ふ・仕ふ・支ふ)の変態です。
■三種 (みくさ)・三種宝 (みくさだから)・三種物 (みくさもの)・三種器
(みくさうつわ)
皇位継承の証しとする3種の物品です。
1. ヤサカニの環珠 (‘陽陰和る文’のモノザネ) 2.
ヤタの鏡 3. ヤヱ垣の剣
■なお (直・猶・尚)
ナオル(直る)の母動詞ナフの名詞形で、
「もとに戻るさま・改まるさま・新たなさま」
が原義です。
■宝物 (たからもの)
タカラは 「尊いさま/もの」 を表し、モノ(物)は
「有形物・物品」 をいいます。
ですからタカラモノとは 「尊い心を表すモノザネ」
という意味です。 ▶モノザネ
後のアヤで示されますが、ヤタの鏡と八重垣の剣は、アマテルの
世の治めに対する思想を
形にしたものです。
★宝 (たから)
タカル(▽高る)の名詞形で、タカルは タカム(高む)・タカブ(高ぶ)の変態。
「高みにあるさま・高貴なさま・尊いさま」
などが原義です。
■チチ姫 (ちちひめ)
タクハタチチ姫の略です。
■むつまじ (睦まじ)
ムツム(睦む)+シ(=如し)
で、「睦む如し」 という意です。
人や物事に 「直結/一体化しているさま・一筋なさま」
を表します。
ムツムは ムスブ(結ぶ)の変態です。
■みやび
ここでは 「調和・協和・融和」 などの意です。
【概意】
自身の手で、賜う三種を受け給え。
あらためて心に留めよ。宝物を見ることは我 (=日月の神霊)
を見るに同じ。
娶るチチ姫と相共に 常に一つに融和せよ。
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われふたかみの みちおなす わかこつらつら みちゆかは
ひつきのさかゑ あめつちと まさにきわなし
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「我 二尊の 道を成す 我が子つらつら 道行かば
日月の栄え 天・地と まさに際無し」
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■二尊の道 (ふたかみのみち)
イサナキとイサナミが統治原理とした トホコノミチ(経矛の道)
をいいます。
★経矛の道 (とほこのみち)
「経(ト)を教え諭して、なお逆い背く者は綻(ホコ)ろばす」
という統治原則です。
ト(経)のモノザネが 三種宝の “ヤサカニのタマ(珠・瓊)”、
ホコ(矛)のモノザネが “八重垣の剣” です。
アマテルはこれに 直曲を鑑みる制度を加え、二尊の道/経矛の道を完成させます。
そのモノザネが “ヤタの鏡” です。
■つらつら (▽連々)
ツル(連る)の名詞形
“ツラ” を連ねたもので、ツレヅレ(徒然)の変態です。
「連ねて・いく度も・かさねがさね・つくづく」
などの意を表す副詞です。
辞書は “熟々・倩々”
と当て字しています。
■日月の栄え (ひつきのさかゑ)
「日月の栄光」
という意です。この栄光が天が下に恵みをもたらすわけですが、
もう一つの日月があります。それはアマツヒツキ(和つ日月)と呼ばれます。
ここでは 「天の日月の栄え」 と 「地の和つ日月の栄え」
の両方をいいます。
★和つ日月 (あまつひつき)・和つ君 (あまつきみ)
天が下を 「やわし調える日月」
という意で、「中央政府の君 / 木実」 の別名です。
ヒツキ(日月) は キミ(木実)
の換言なので、和つ君(あまつきみ)
とも言います。
あまつきみ(和つ君)、あまてらすひつき(和照らす日月)、あまてらすきみ(和照らす君)、
あまてるつきひ(和照る月日)、やわしてめぐるひつき(和して恵る日月)
など、
非常に多くの言い方があります。
■際無し (きわなし)
ここでは 「境界がない・区別がない・隔たりがない」
などの意です。
【概意】
我は二尊の経矛の道を完成したが、我が子も連々とその道を行くならば、
日月の栄えは、天と地と まさに隔たり無し。
(地上の和つ日月の栄光は、天空の日月の栄光に匹敵することだろう。)
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ふつぬしと みかつちつねに はんへりて まつりこともれ
まゆみぬの やとよのはたと はくわゆみ ははやおそえて
たまふのみ
をしかむしろお おりにけり
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フツヌシと ミカツチ常に 侍りて 纏り事守れ
麻績布 八響の旗と ハクワ弓 ハハ矢を添えて
賜ふのみ
御使 席を 降りにけり
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■フツヌシ ■ミカツチ
「フツヌシとミカツチ常に侍りて纏り事守れ」
というアマテルの御言宣は、
この二人をそれぞれ、オシホミミの左の臣と右の臣に任命しているように
思われます。
フツヌシ は ホツマ国
の主に任じられ、カトリの宮 にあります。
ミカツチ は カシマ直ち
の功により カシマ尊
の称号を授与されて、
ヒタチ(日立・常陸) の国の領主となり、カシマの宮
にあります。
香取神宮
(かとりじんぐう) 千葉県香取市香取1697。 現在の祭神:経津主大神 |
鹿島神宮
(かしまじんぐう) 茨城県鹿嶋市宮中2306-1 現在の祭神:武甕槌大神 |
■侍る (はんべる・はべる)
ハフ+ヘル(綜る)
の短縮で、ハフ は アフ(合ふ)・ハム(嵌む) の変態です。
両語とも 「合う/合わす」
が原義で、「添う・付く・つかえる」
などの意を表します。
ハンベル は ハベル の音便です。
■纏り事・政 (まつりごと)
マツリ(纏り)+ゴト(如・事)
で、「まとめごと・治めごと・手当て・処置・ケア」
などの意です。
コト(事) は コト(如)
と同源で、「〜の如くのもの・〜の類」 が原義です。
用途の広い言葉で、例えば、経糸と緯糸を編んで機(布)にまとめることも
“まつりごと”
なら、人間社会の様々な問題をうまく取りまとめることも
“まつりごと” です。
ここでは 「国や民の治め・政治」 をいいます。
■麻結布 (まゆみぬの)
「麻糸を織った布」
をいうと考えます。おそらくこれは驕りを戒めるモノザネです。
23アヤで示されますが、アマテルでさえ平素はこうした質素な衣服を着てました。
★麻緒 (まを) ★麻結 (まゆみ)
マヲ(麻緒) は 「麻糸」 をいうものと思います。辞書には
“真麻・苧麻”
とあります。
マユミ(▽麻結) は 「麻糸を結ったもの・麻の織物」
をいうものと思います。
マ(麻) は アム(編む) の名詞形 “アマ”
の略と考えます。たぶん アマ=亜麻 でしょう。
ユミ(▽結) は ユムの名詞形で、ユム は ユフ(結ふ)
の変態です。
■八響の幡 (やとよのはた)・八響の御幡
(やとよのみはた)・八幡 (やはた)
赤子アマテルの目が開く時、ハラミの八峰に降る霰の “パタパタ”
という音が
“八方に響き渡る” という瑞兆を表した旗です。 ▶画像
この幡を 八角形の玉座 (=高御座) の 八隅に立てて
即位するのが、アマテル以来の恒例です。
・天に棚引く 白雲の 掛かる八峰の 降る霰 八隅にこだま
この瑞を 布もて作る 八響幡 八隅に立てて 君となる
〈ホ4ー4〉
・あまねき神の 生れの時 天に棚引く 白雲の 掛かる八峰の 白玉の 霰降れども
天晴るる 瑞の兆を 白布に 八響の幡の 代々に立つ 皇の御子の 初めなりけり 〈ミ逸〉
■ハクワ弓 (はくわゆみ)
これは アマノカゴユミ(陽陰のカゴ弓)
と同じでしょう。
ハクワ は クワ(桑)
の別名です。 ▶弓
■降りにけり (おりにけり)
“にけり” は 「なりけり」
の略形で、この場合は “降りるなりけり”
と言うのと同じです。
【概意】
フツヌシとミカツチは常に侍って纏り事を守れ。
麻結布と八響の幡、ハクワ弓とハハ矢を添えて賜うのみ。
(ここで御使カスガマロが述べるアマテルの御言宣は終りです)
御使は席を降りるのであった。
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あるひわかひこ かうとのに のほりこかねの はなおとふ
たかきこたえて ひのきみの みやもるからす こかねはく
つひにきかやも こかねさく いさこうみこも しかしかと
なかめたかわす こかねさく ひさみるやまと たたゑたまゐき
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ある日ワカヒコ 代殿に 上り 黄金の 放を問ふ
タカギ答えて 「日の君の 宮守るカラス 黄金吐く
ついに木茅も 黄金放く 砂子・海鼠も 然々と
眺め違わず 黄金放く 日栄見る山」 と 称え給いき
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■ワカヒコ
■代殿 (かうどの)
■上る (のぼる)
都や上位者のもとへ近づくことを 「上る/参る/詣づ」
といい、
遠ざかることは 「下る/まかる」 と表現します。
■黄金の放 (こがねのはな)
ハナは ハナチ(放ち)と同じです。「黄金の放出」
を意味します。
神子の光の 照り通り 八方に黄金の 放さけば
日の若宮の “ワカヒト” と トヨケ斎名を 奉る
〈ホ4-5〉
■タカギ
若きアマテルがヒタカミに滞在している間、常にそばに侍っていました。
陽陰神子 学ぶ 陽陰の道 一人侍んべる フリマロは 六代ヤソキネの 代嗣子ぞ 〈ホ4-5〉
■日の君の宮 (ひのきみのみや)
“日の君” はアマテルを指します。“宮”
はアマテルのヒタカミ滞在中の御座であった
ケタツボの ヤマテ宮=アマツ宮
をいうものと思います。
・御幸の君は 八房輿 オチツモ侍る 方輿も みなケタツボの ヤマテ宮
〈ホ4-5〉
・タカミムスビの 五代君 日毎に上る あまつ宮
〈ホ4-5〉
■放く (さく)
ハナツ(放つ)と同義です。
■砂子・石子
(いさこ)
「石の細かくなったもの」 の意で、「小石や砂」
をいいます。
■海鼠 (うみこ)
原義は 「海の蚕」 で、ナマコをいうものと思います。 ▶蚕(こ) ▶ナマコ
蚕は白い糸を吐きますが、ナマコも刺激すると白い糸を吐くからです。 ▶画像
■日栄見る山 (ひさみるやま)
「日の栄えを見る山・日の神の栄光を見る山」
という意です。
サは キツサネ(東西南北)のサ(南)と同じで、その原義は
「栄」 です。
“日栄見る山”
が金華山伝説の起源で、ヤマテ宮もそこにあったと考えますが、
どこの山でしょうか? 筆者は 鹽竈神社と志波彦神社
が鎮座する『一森山』
ではないかと考えています。理由はいくつかあるのですが、一番大きいのは
志波彦神社は名神大社でありながら、その由緒が不明だということです。
国家の都にもなったケタツボにある名神大社であるなら、ホツマにその由緒の
痕跡が無いはずはないだろう、ということからです。
■称え給いき (たたゑたまゐき)
末尾の “き” は ケリ
の略形です。
シクアリ(如くあり) → シカリ(然り)
→ ケリ
→ キ と変化しているので、
助動詞 “き”
の連体形は “し”、また已然形は “しか” なのです。
また “称ふ” と “給ふ”
は、ここではヤ行に活用していますが、
古くは “〜ふ” の動詞のすべてが、“〜ゆ”
の形も持っていたことが推測されます。
【概意】
ある日ワカヒコは代殿のもとへ上り、ヒタカミの黄金の放出について問う。
タカギは答えて、
「日の君の宮を守るカラスが黄金を吐けば、ついに木草も黄金を放ち、
さらには砂利やナマコまでもが全く同様に、眺めも違わず黄金を放つ。
日の神の栄光を見る山なり」 と、称え給うのであった。
本日は以上です。それではまた!