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一から学ぶ ほつまつたえ講座 第63回 [2023.10.18]

第十三巻 ワカヒコ 妹背すずかの文 (3)

著者:おあずけ2号 (駒形一登)
著者HP:ホツマツタエ解読ガイド https://gejirin.com

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 わかひこいせすずかのあや (その3)
 ワカヒコ 妹背すずかの文 https://gejirin.com/hotuma13.html
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 おきつひこ はらあしことに つまあれて
 みさほたたぬと ちきりさる ちちうほとしか ゐせみやに
 なけけはみうち もろめして まふつのかかみ うつさるる

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 オキツヒコ 腹悪し言に 妻 荒れて
 「操立たぬ」 と 契り更る 父ウホトシが 妹背宮に
 嘆けば 御内 両召して マフツの鏡 映さるる

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■オキツヒコ (息つ彦)・オキヒコ (息彦)
オオトシクラムスビの子です。カマドカミ(竈神)として知られ、
古事記/先代旧事本紀には 奥津日子神/奥津彦神 と記されます。
オキツヒコ&オキツ姫の夫婦で神社に祀られることが多いです。

 ソサノヲ
   ├──オオトシクラムスビ─オキツヒコ(竈尊)
 イナタ姫


腹悪し言 (はらあしこと)

操立つ (みさほたつ)

■契り更る (ちぎりさる)
チギリ(契り)は 「交じえ・結び」 が原義で、「しばり・契約・取り決め・規則」
などを意味し、チカヒ(誓ひ)の変態です。ここでは 「夫婦の契り」 をいいます。
サル(▽更る)は 「一周して元に返す・戻す・改める」 などを原意とし、
ここでは 「まっさらにする・チャラにする・白紙に戻す」 などの意です。


■ウホトシ
オオトシクラムスビを指します。 ▶ウホとオオ
ソサノヲとイナタ姫の4男で、オキツヒコの父です。
また古事記の記述を信じれば、ヤマクイ (24アヤで登場) の父でもあります。
この名前 (大歳倉結び) のせいか、後に豊穣神と混同されてしまいました。

      ┌オオヤヒコ
      ├オオヤ姫
      ├ツマツ姫
      ├コトヤソ
 ソサノヲ │
   ├──┼オホナムチ
 イナタ姫 ├オオトシクラムスビ──┬オキツヒコ
      │           └ヤマクイ (古事記から推測)
      ├カツラギヒトコトヌシ           
      └スセリ姫


■妹背宮 (ゐせみや・いせみや)
「陰陽和合の宮」 という意で、イサワの宮の別名です。
ただし今の伊勢神宮とは別物です。
伊勢神宮は ホツマでは “ウチ(内)の宮” と呼ばれ、この時点ではまだ存在しません。

 ★妹背 (いせ・ゐせ)


■御内 (みうち)
ミ(御)は カミ(上・神)の略、ウチ(内)は 「内部・内輪・近間」 を意味し、
この場合は 「アマテル神の内宮」 である セオリツ姫 を指します。


■マフツの鏡 (まふつのかがみ)
「心の真実を映す鏡」 です。
心の真実は人の目に見えないため、マス鏡 とも呼ばれます。

 マフツ は 「ありのまま・その通り・真実」 などの意です。
 セオリツ姫はこの鏡を、万人がいつでも見ることができるように、
 伊勢二見浦の フタミの岩 に置きます。

 

【概意】
オキツヒコの心悪しき言葉に、その妻は荒れて、
「操を通せぬ」 と、夫婦の契りを解消する。
父のオオトシクラムスビが、イセ宮でそのことを嘆くと、
御内のセオリツ姫は両名を召して、マフツの鏡にお映しになる。



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 をせはけかるる にすてかま めはかくさるる つくまなへ
 わかかんはせも あえみえす はちはつかしく あめにこふ

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 背は汚るる ニステ竈 女は隠さるる ツクマ鍋
 我が顔映も あえ見えず はぢ恥づかしく あめに悔ふ

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■ニステ竈 (にすてがま)
ニステは ニ(▽和)+ステ(棄て・捨て) で、「和合と離別」 の意と考えます。

 ニ(▽和・似)は ニル(似る)の名詞形で、「合い/合わせ」 が原義です。
 カマ(竈・釜・窯)は カム(▽上む・醸む)の名詞形で、「高めるもの」 が原義です。


■ツクマ鍋 (つくまなべ)
ツクマは 「付きと離れ」 を意味しますから (後述)、原義的にニステと同じです。
ナベ(鍋)は ナフ(▽和ふ・並ぶ)の名詞形で、「合せ・入れ・容器」 が原義です。

しかしそうだとすると、マフツの鏡にはいったいどんな像が映ったのでしょうか?
(まさか 寄ったり離れたりする竈と鍋の動画 ?!!)

 筑摩神社 (ちくまじんじゃ)
 滋賀県米原市朝妻筑摩1987。 
 現在の祭神:御食津神、宇迦乃御魂神、大歳神
 ・<筆者注> 御食津神はオキツヒコとその妻ではないかと思います。
 ・鍋冠祭は日本三大奇祭として知られる。昔は神輿に従う婦人が、
  関係を結んだ男の数だけの鍋をかぶったと云う。

鍋冠祭の祭事から逆に察すると、オキツヒコの夫婦問題は、妻の浮気が原因だった
ということになりそうです。


顔・容 (かんばせ)
カン(上・頭・顔)+ハセ(映せ)で、「上部の映り・顔の映り」 をいいます。
ハセは ハヱ(映え)と同じです。


■あえ見えず (あえみえず)
アエは打消の語を伴いますと、「〜できない」 の意を主動詞に添えます。
“ヱ(得・能) 〜ズ” と同じです。ここでは 「見ることができない」 の意です。


■外ぢ恥づかし (はぢはづかし)
「非常に恥ずかしい」 という意です。

 ハヅ(外づ・恥づ)+ハヅカシ(▽外かし・恥づかし)で、ハヅは ハズル(外る)の母動詞。
 ハヅカシは ハヅの形容詞形で、「外れる如し・非常/異常なる如し」 が原義です。
 ここではハヅを連ねて 「並外れて恥ずかしい・異常に恥ずかしい」 の意を表します。


■あめに悔ふ (あめにこふ)
「大いに悔いる」 の意に解しています。

 アメは アム(▽上む)の名詞形で、「高まるさま・盛んなさま・甚だしいさま」 を意味します。
 コフは クフ/クユ(悔ゆ)の変態と考えます。これは 「往き来する・振る・回る・返る」 などを
 原義とし、「(過去を) 振り返る・改める」 などの意を表します。

 

【概意】
すると男は汚れたニステ竈、女は隠されたツクマ鍋が鏡に映る。
そこに自分の顔を見ることはできず、猛烈に恥ずかしくて大いに悔いる。



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 をせゆるさねは いやはちて まからんときに くらむすひ
 ととめてしかる わかこのみ にすてのつらお みかかせと

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 夫 許さねば いや恥ぢて 罷らん時に クラムスビ
 留めて叱る 「我が子の実 ニステの面を 磨かせ」 と

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■いや (弥)
ここでは 「いよいよ・ますます」 の意です。


罷る (まかる)
ここでは 「天に還る・死ぬ」 の意となります。


■クラムスビ
オキツヒコの父のオオトシクラムスビです。ウホトシと同一です。


■実 (み)
ミ(実)は ここでは サネ(実・核) の意です。この場合は「本質・実体」などを表します。


■ニステの面 (にすてのつら)
「ニステ竈の上っ面=オキツヒコの顔」 をいいます。


■磨かせ (みがかせ)
ミガク(磨く)+セ(尊敬を表す ‘’ の命令形) で、「磨かれよ」 の意です。

 

【概意】
夫が許さないので、いよいよ恥じて死のうとする時に、
クラムスビはそれを留めて叱る。
「我が子の実体、ニステ竈の面を磨かれよ」 と。



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 をやのをしえに おきつひこ ふたたひとつき
 むつましく ゐもせのみちお まもりつつ もろくにめくり
 よおをふる はしめおわりの つつまやか みちをしゆれは
 ををんかみ ほめてたまはる かまとかみ

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 親の教えに オキツヒコ 再びとつぎ
 睦まじく 妹背の道を 守りつつ 諸国巡り
 世を
煽る 始め終りの 慎まやか 道 教ゆれば
 大御神 褒めて賜はる “カマド尊”

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■再びとつぐ (ふたたびとつぐ)
このことが オキツヒコ(息つ彦) の名の起源です。 ▶とつぐ
オキ(息)は 「出し入れ・往き来・離別と和合・行ったり来たり」 などを意味します。


睦まじ (むつまじ)

妹背の道 (ゐもせのみち)

■世を煽る (よおをふる)
ヲフルは アフル(煽る)の変態で、「高める・勢いづける・栄す」 などが原義です。
ですから 「世を高める・人生を栄す」 などの意になりますが、ヨ(世)は この場合、
「次の人生・来世」 を意味します。


■始め終りの慎まやか (はじめおわりのつつまやか)
「常に中庸であるさま」 を意味します。
始終(しじゅう)には 「行く末・将来」 の意味がありますが、なぜでしょう?

 ★始め終り (はじめおわり)
 始終終始 と同じで、「常に・たえず・終始一貫」 などの意です。

 ★慎まやか (つつまやか)
 ツツム(包む)+ヤカ(▽如・▽然) で、上下/陽陰などの 両極端に振れることなく、
 「中ほどに収まるさま・中庸」 を意味します。

■道 (みち)
“慎まやかの道” をいいますが、これは言葉を換えれば、
陽陰和る道妹背の道和の道・調和の道」 などになります。


■カマド尊 (かまどかみ:竈尊)
アマテルがオキツヒコに授けた尊名で、「来世を高める尊」 という意味です。
なにゆえ来世を高めるか?については、少し後に説かれます。

 カマドは 「煮炊きする道具・設備」 をいいますが、「煮る・炊く」 の原義は
 「上げる・高める・栄す」 です。カマド(竈)は “ニステ竈” にかけた名でしょう。

よってオキツヒコは食事の煮炊きには関係がないのですが、“ミカマドの神” という
衣食住を守る神霊が別にいるため (22アヤ登場)、これとオキツヒコは混同されて、
炊事の神として祭られるようになったと考えられます。

 竃殿社 (かまどのしゃ)
 滋賀県大津市坂本5-1-1、日吉大社末社。
 現在の祭神:奥津彦神、奥津姫神
 ・<筆者注> 日吉大社はオキツヒコの兄弟と目されるヤマクイを祀る。

 

【概意】
親の教えに従って、オキツヒコは妻と再婚し、
心を一つにして妹背の道を守りつつ諸国を巡り、
来世を高める “終始中庸の道” を民に教えれば、
大御神は褒めて “カマド尊” の名を賜る。



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 てなへおさくる きたなきも みかけはひかる かみとなる
 くにもりたみの さとしにも つくまなさせる いせのみち

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 手鍋をさくる きたなきも 磨けば光る 尊となる
 国守・民の 諭しにも ツクマなさせる 妹背の道

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■手鍋をさくる汚き (てなべおさくるきたなき)
“手鍋” は 「自分の手でつくる料理」 の意で、「使用人を雇えない身分」 を意味します。
サクル(決る・刳る)は スクフ(掬う)の変態で、「すくい上げる・すする」 などの意です。
“キタナキ” は キタナシ(汚し)の連体形の名詞化で、「分別のない者・身分無き者」 をいいます。
ですから 「自分でつくった鍋をすくう卑賤の身」 という意です。


尊 (かみ)
ここでは 「尊き者・高位者」 などを表します。


国守 (くにもり)

■ツクマ・ツクバ (▽着分・▽付離)
ツク(付く・着く)+クブ/クム の短縮の名詞形で、陽陰の 「付きと離れ・和合と離別」 を
意味します。クブ/クムは クバル(配る)/クマル(分る) の母動詞で、「分れる/分ける」 の意です。
“筑波” の原義もこれです。

 これは 「付きと離れ」 を繰り返しながら、しだいに陽陰(男女)の関係が
 しっくりと落ち着いてゆき、最後には一つに融合することを意味します。
 つまり、「陰と陽が和合に至るまでに通過するプロセス」 をいうものです。


■妹背の道 (いせのみち)
イモセ(妹背)の道 と同じです。

 

【概意】
手鍋をすくう卑賤の身とて、磨けば光る尊者となる。
国守や民を諭すにも、実際に “付きと離れ” を経験させる妹背の道である。



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 こすゑおもふに いましめの なけれはみたる
 はたれまの たからあつめて すゑきゆる これすすくらそ
 いきのうち ほしおはなるる これはすすかそ

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 後末思ふに 戒めの 無ければ乱る
 ハタレマの 財 集めて 末 消ゆる これ “スズクラ” ぞ
 生きの内 欲を離るる これは “スズカ” ぞ

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■後末 (こすゑ)
これは 「末・下・後・将来」 などの意ですが、辞書には 梢(こずえ) の漢字しかなく、
これでは枝の先端のイメージしか湧かないので、“後末” と筆者が当てました。
ここに言う “後末” は 近い将来ではなく、「次の人生・来世」 のことです。


■戒め (いましめ)
イム(▽結む)+シム(締む) の名詞形で、「引き締め・縛り・制限」 などが原義です。


乱る (みだる)

ハタレマ

■財・材 (たから)
タカル(集る)の名詞形で、「寄せ集め・材・財」 を意味します。
もう1つの タカラ(宝)は タカミ(高み)の変態で、「尊貴・貴重」 の意を表します。


■スズクラ (鈴暗)
「来世が暗いさま」 を意味します。

 ススク(煤く)の連体形 ススクル(煤くる)の名詞形で、「下げ・衰え・没落」
 などを原義としますが、これを スズクラ(鈴暗) に語呂合わせしています。
 スズ(鈴・▽寿)は 「進み・将来」 を意味し、クラ(暗)は クレ(暮)・クロ(黒)・
 カレ(枯れ) などの変態です。


■欲 (ほし)
ホス(欲す)の名詞形です。


■スズカ (濯か・涼か・清か/鈴明)
「偏りのないさま・執着/欲を離れるさま」、また 「来世が明るいさま」 を意味します。

 ススグ(濯ぐ)の名詞形で、「濯がれた状態・清らかな状態」 をいい、
 まっすぐで 「偏りのないさま・執着のないさま」 を意味します。
 そしてこれを スズカ(鈴明) に語呂合わせしています。
 スズ(鈴・▽寿)は 「進み・将来」 を意味し、カ(明)は 「明るいさま」 を意味します。
 よってスズカにはまた 「先行きの明るいさま・将来有望」 の意味もあります。

 “偏りのないさま” は “慎まやか” と同じです。

 

【概意】
来世を考える時、戒めがなければ乱れる。
ハタレマは財を集めて来世を失う。これ “鈴暗” ぞ。
世に生きる間に欲を離れる。これは “鈴明” ぞ。


 カスガの話は一旦ここで終ります。

 

 

本日は以上です。それではまた!

 

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