タケミナカタ

→ 語義
  

建御名方神。 
オホナムチ
の子。 
カシマ立ち
では最後まで抵抗したが、ついにはタケミカツチを恐れてシナの国諏訪まで逃げていき、そこで捕まり全面降伏した。そのままその地に土着して諏訪の国守となったようだ。
  

長野県諏訪市、諏訪 (スワ) 大社
兵庫県西宮市大社町、廣田 (ヒロタ) 神社

  

  イサナギ┐┌ヒルコ     ┌オオヤヒコ     ┌クシヒコ──コモリ
     ├┼アマテル    ├オオヤ姫      ├タカコ
 イサナミ┘├ツキヨミ    ├ツマツ姫      ├タカヒコネ
      └ソサノヲ───┐├コトヤソ      ├タケミナカタ
              │├オホナムチ─────┴シマツウシ─… … …シマツミチヒコアカツチ┬??─┬サワラノ ├┤
│    │  └ユツヒコ │├カツラギヒトコトヌシカツテ────??─ツルギネ
│    └ハヤスフ姫   ││          └アカホシアシナツチ       │├オオトシクラムスビ─┬オキツヒコ
      ├イナタ姫───┘│          └ヤマクイ
 テニツキ─┘        └スセリ姫
   
  

★『旧事』母は高志の沼河姫神(ヌナカワヒメ)。 
★八坂刀売(ヤサカトメ)神と結婚して、この地の神となる。建御雷之男神との約束でこの地を離れる訳にはいかないので、10月に全国の神様が出雲に集まる時も、この神だけは出雲に行かず、諏訪に居残っている。 
★建御名方命の子は建御名方彦別(タケミナカタヒコワケ)神、伊豆早雄(イヅハヤオ)命、 妻科比賣(ツマシナヒメ)命、池生(イケオ)神、須波若彦(スワワカヒコ)神、 片倉辺(カタクラベ)命、蓼科(タテシナ)神、八杵(ヤキネ)神、 内県(ウチアガタ)神、外県(ソトアガタ)神、大県(オホアガタ)神、 意岐萩(オキハギ)命、妻岐萩(ツマハギ)命の13柱。
  

退らば 諸共の 返言なせば "まだ一人 あり" と言う間に 現わるる タケミナカタぞ』10文
『千引岩 捧げて "誰か 我が国を 忍び忍びに 威さんや 出で 我が力 比べん" と』10文
『取る手も岩の ミカツチが 捕へて投ぐる 葦萱の 恐れて逃ぐる シナの海10文
『"すわ" と言ふ時 畏みて "我を助けよ この所 他へは行かじ 背かじ" と』10文
オホナムチ その子のままを 二尊へ "我が子退りにき 我も退る"』10文
『やや人となる スワの守 "シナノは寒く 鳥獣に 寒さ凌ぐ"と 乞ふ故に』15文

  

  

タケミナカタノノリ

タケミナカタの宣。 
オオヤマトフトニ
(7代孝霊天皇)は治世25年1月11日、恒例により県主を召し、『タケミナカタの宣』を引用して、子を間引くことを禁止した。
『我が子も人は陽陰の種 鹿犬千より人一人』 
千匹の獣の命より人ひとりの命が大事と言う意味。
  

『"我が子も人は 陽陰の胤 鹿・犬 千より 人 一人" タケミナカタの 宣なりと』32文

  

  

【ホツマツタヱ解読ガイド】 【ミカサフミ解読ガイド】 【ふとまに解読ガイド】
【やまとことばのみちのく】 【にしのことばのみちのく】 【あめなるみち】
【ホツマツタエのおもしろ記事】