ケタツボ

→ 語義
  

方壺。 
「隅の都・地方の都」の意。 
ヒタカミ国
の首都で、ヤマテ宮はここに在った。 =カタタケ宮(方高宮)
後にオシホミミは、近江タガ若宮からここに都を移し、タカの首と名付ける。
  

宮城県塩釜市一森山、鹽竃 (シホカマ) 神社志波彦 (シハヒコ) 神社
宮城県多賀城市市川字奏社、陸奥総社宮 (ムツショウシャミヤ)
  

ケタツボの 西南のツクバの イサ宮に  頷きあみて イサナギと イサナミとなる』2文
ヒタカミの 宮に帰れば イサナミの 父に申して "代嗣子も がな" と』4文
『御幸の君は 八房輿 御乳つ母 侍る 方輿も 皆 ケタツボの ヤマテ宮4文
ヒタカミの 御座の跡に また都 移して名付く タカの首11文
『時にヲバシリ ヒタカミの 宮に詣でて 道 乞えば トヨケの尊の 教えには』19-1文

  

  

ケタツボノフミ

→ 語義
  

方壺の踏(碑)。
方壺の後継。 =タカノコフ
  

参考: 
【壺の碑】ツボノイシブミ −広辞苑ほかより−
1. 宮城県にある多賀城の碑の古称。歌枕「壺の碑」として知られる。
2. 青森県上北郡天間林村大字天間館の坪村にあったと伝える古碑。坂上田村麻呂が蝦夷征討に際して建てたという。
  

二尊の 国中柱 オキの壺 アマテル神の ヒタカミの 方高宮の 中柱 ケタ壺の踏24文

  

  

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