タエマクエハヤ

→ 語義
  

當麻の蹶速。 
『古事記』によればヒコヰマスの孫。タエマ国の国造らしい。 
地金を延ばして、角を裂き、鉄の弓を扱う程の大力の持ち主。 
イクメイリヒコ
(11代垂仁天皇) は、スマイのサト(相撲の里) ハニワ(埴庭・土俵) を造り、タエマとノミノスクネを対戦させる。相撲の初。
タエマは東、ノミは西より立ち会い、天皇は団扇 (これが軍配の起源) を揚げて響ます。
その結果ノミが勝利し、クエハヤの金弓とタエマ国をノミに賜る。ノミは弓取りとなる。
  

奈良県桜井市穴師、大兵主神社内、相撲 (スモウ) 神社
奈良県北葛城郡当麻町当麻、当麻山口 (タイマヤマグチ) 神社
  

★二上山の霊峰の下に生を享けられた當麻蹶速は天神族の小股王の皇胤で身分の高い品格のある大人物で日本書紀での力のみ恃む卑劣な人ではなかった。垂仁帝の時代、野見の宿祢との日本国技として初の天覧相撲で敗者となったが、氏族間の斗争の犠牲になり、路傍の石として顧みられなかった事は全く不運である。二上登山道中、当麻山口神社石の鳥居北側付近は當麻蹶速の屋敷跡と云われているが当塚は相撲開祖の蹶速公の墓として毎年追善法要を執行している。
★『古事記』小俣王(おまたのみこ) は彦坐王の御子で、山代(やましろ) の荏名津比売(えなつひめ)を母とする。

  

ワカヤマトネコヒコ┐
    (開化天皇)├─ヒコヰマス─┬サホヒコ
オケツ姫─────┘       │
                 ├サホ姫(垂仁1st内宮)─ホンツワケ
                 │
                 ├タニハチヌシ────┬ヒハス姫[垂仁3rd内宮]
                 │          ├ヌハタニイリ姫[垂仁典侍]
                 │          ├マトノ姫[垂仁内侍]
                 │          ├アサミニイリ姫[垂仁内侍]
                 │          └タケノ姫姫
                 │
                 ├アフミ───────┬ヤサカフリイロネ姫[崇神内侍]
                 │          └オオタンヤワケ
                 │
                 ├カンホネ──────┬ヱ・トオコ姫[ヲウス妻]
                 │          └ト・トオコ姫[ヲウス妻]
                 │
                 └小俣王────────タエマクエハヤ

  
  

『ある臣 に 申さくは 當麻クエハヤ 大力 地金を延ばし 角を割く 金弓造り』35文
『常語り "これを踏み張る 我が力 余に競べんと 求むれど 無くて罷るや" ひた嘆く』35文
諸に問ふ "クエハヤに 競ぶる力 あらんをや" 申さく "ノミの スクネなり"』35文
『力競ぶる 上の法 争いの里に 埴庭成し タエマは東より ノミは西に』35文
『合ひ立ち踏めば ノミ強く クエハヤが脇 踏みてまた 腰 踏み殺す 時に 団扇を上げて 響動ませば 臣も喜び』35文
クエハヤが 金弓および 當麻国 ノミに賜わり 言えば妻 "ツキ無しの身は 弓取ぞこれ"』35文

  

  

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