サエキ

→ 語義
  

佐伯王。
ヤマトタケミヤズ姫の2子。

★『旧事』佐伯命(さえきのみこと)。三川御使連(みかわのみつかいのむらじ)等の祖。

  

ヤマトヲシロワケ─┐
    (景行天皇)├───オウス(ヤマトタケ)    ┌ (1)イナヨリワケ
イナヒヲイラツ姫─┘      ┃         ├ (2)タリナカヒコ(仲哀天皇)
                ┃         ├ (3)ヌノオリ姫
オオタンヤワケ──────フタヂイリ姫[妻]─────┴ (4)ワカタケ
                ┃
キビタケヒコ───────アナトタケ姫[内妻]────┬ (5)タケミコ
                                ┃                  └ (6)トキワケ
                ┃
オシヤマ─────────オトタチバナ姫[典侍妻]──┬ (7)ワカタケヒコ
                ┃         ├ (8)イナリワケ
                ┃         ├ (9)アシカミカマミ
                ┃         ├(10)タケコカヒ
                ┃         ├(11)イキナガタワケ
                ┃         ├(12)ヰソメヒコ
                ┃         └(13)イカヒコ
                ┃
オハリ連─────────ミヤズ姫[後の妻]─────┬(14)タケダ
                          └(15)サエキ

  
  

尾張が姫 ミヤズ姫また 後の妻 タケダサエキ 二人生む 十四男一女あり』40文

  

  

サエキベ

→ 語義
  

佐伯部。
ヤマトタケが連れてきたヒタカミ・ツガルの国造五人は、イセのオオカシマの添え人とされるが、敬いがないのでヤマト姫によりミモロ山に送られる。しかしそこでも木を伐るなどの悪さを働くので、景行天皇は播磨・安芸・阿波・伊予・讃岐に分け置くことにしたが、これらが佐伯部である。
  

★平時は宮城の佐伯門の警備にあたる。佐伯部の元は大和朝廷に服属した蝦夷の捕虜を、各地に分散配置したものをもって編成されていた。
  

ヒタカミのミチノク シマツミチヒコと 国造五人 県主  百七十四人 万輩 タケの水門に 拒む時』39文
国造五人 上の道 強いて申せば 召し連れて 到る新治へ』39文
能褒野に傷み 重ければ 虜五人を 宇治に遣り カシマ尊の 添人ぞ』40文
伊勢に添え入る ヱゾ五人 敬いあらず ヤマト姫 咎めへ 進め遣る ミモロに置けば ほども無く 木を伐り民を 妨げる』40文
ヱミシらは 人心無く 置き難し ままに分け置く 播磨安芸 阿波・伊予・讃岐 佐伯部ぞ』
40文

  

  

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