1962年 (昭和37年) 11月24日 土曜   前の記事 目次 次の記事
 ライヴ演奏:ロイアル・リド・ボールルーム/プレタティン

  
これは1962年7月14日のリル (Rhyl) のリージェント・ダンセット (Regent Dansette) 以来、2回目のウェールズ (Wales) で行われたビートルズのショーであった。

彼らは北ウェールズ・プレタティン (Prestatyn) のロイアル・リド・ボールルーム (Royal Lido Ballroom) での2時間のショーに出演した。他にジャック・エリス (Jack Ellis) とオートクラッツ (Autocrats) がサポート出演している。ビートルズはステージに立つに先立って、リドの料理長アラン・ヴィーチ (Alan Veech) からジャムサンドイッチをふるまわれた。

入場チケットは6シリング。ビートルズの出演料は30ポンドだった。ブライアン・エプスタイン (Brian Epstein) の親友ジョー・フラナリー (Joe Flannery) が、この会場に呼ぶバンドの手配を担当したが、これが彼のサインした初めての契約となった。

ビートルズの契約は、このコンサートに先立つ10週間はこのボールルームから半径10マイル以内の他の会場で演奏してはならないと規定していた。

1960年に開業したこの会場はカエデ材でつくったフロアを持ち、「北ウェールズ最高のダンスホール」と主張していた。ローリング・ストーンズ (The Rolling Stones) が1963年8月31日にイングランド以外の地で初めての公演を行うが、その時の会場もここであった。

ロイアル・リド・ボールルームは後に改築され、名前もノヴァ・センター (Nova Centre) に変わる。カエデ材のダンスフロアは取り除かれてカーペットに変わるが、ステージはそのまま残っている。

ビートルズとプレタティンの関わりは他にもあり、彼らのロード・マネージャーのニール・アスピノール (Neil Aspinall) はこの地で生まれている。またエプスタインは第二次大戦中の幼少時、この地にしばらく住んでいた。
  

  
彼らのウェールズでの公演は、1962年7月14日にリル (Rhyl)1962年11月24日にプレタティン (Prestatyn)、1963年1月24日にモールド (Mold)、同6月22日にアバーガベニー (Abergavenny)、同8月12~17日にスランディドノ (Llandudno)、1963年5月27日、1964年11月7日、1965年12月12日にカーディフ (Cardiff) で開催されている。

  

  

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