1962年 (昭和37年) 8月16日 木曜 前の記事 目次 次の記事
 ピート・ベスト、ビートルズから追放

  
1962年6月6日に行われたビートルズのEMIでの初レコーディング・セッションは、プロデューサーのジョージ・マーティン (George Martin) に十分な手応えを与え、彼はレコーディング契約を彼らに提示した。しかし彼はドラマーのピート・ベスト (Pete Best) については不満があった。

ピート・ベストを排除するという決断は簡単なものではなかった。ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタイン (Brian Epstein) は、キャバーン・クラブ (Cavern Club) の館内DJボブ・ウーラー (Bob Wooler) に何かいい方法はないものかと尋ねる。しかしボブは、ハンサムなピートはあまりにもファンに人気がありすぎると答えた。
  

ブライアン・エプスタインは、ピート・ベストは追放されると僕に告げた。いつも遅刻したりトラブルばかり起こす奴というなら話はわかる。しかしピートはそんなノロマではないし、かといって一線を越えてしまうような奴でもなかった。僕は腹を立てて言った「なぜそんなことをするんだ!?」しかし答えは返って来なかった。

 

ボブ・ウーラー
「The Cavern」スペンサー・レイ

  
ピート・ベストは1960年8月12日にドラマーとしてビートルズに加わり、以来ずっと一緒にやってきた。彼はこの日の10:00amにエプスタインのNEMSレコード店で解任を宣告されるが、その理由を告げられることはなかった。ビートルズの運転手を務めるニール・アスピノール (Neil Aspinall)は、ピート・ベストを自分のヴァンに乗せ、10:00amにNEMSに降ろす。ニールはピートの母モナと付き合っていた。
  

ニールが町まで運転してホワイトチャペル (Whitechapel) で僕を降ろした。2階のオフィスでブライアンを見た時、僕は彼の落ち着きの無さに気がついた。彼は冗談ばかり言って仕事の話はしなかった。彼らしくなかった。明らかにこれは時間稼ぎで、彼の心には何か重要なことが秘められていると僕は悟った。そして彼は勇気を奮い起こして爆弾を投下した。

「彼らは君を出して、リンゴを入れたがってる。」

僕は唖然として言葉が出なかった。ただ一語だけが心の中でくり返し鳴り響いていた「なぜ? どうして? Why?」

「ピート、彼らは君をあまりいいドラマーだと思っていない。」ブライアンは続けた「そしてジョージ・マーティンも君をいいドラマーだと思ってないんだ。」

「僕は自分をいいと思っている … リンゴ以上にとは言わないが」と自分が言ってるのが聞こえた。そして尋ねた「リンゴはこのことをもう知ってるのか?」

「彼は土曜日に加わる」とエッピー (エプスタイン) は言った。

つまりすべては入念に仕組まれていたんだ。僕の知らない所でその陰謀が着々と進行していたのは明らかだ。しかし他のメンバーは誰もそれを僕に言う勇気がなかった。だから裏切り者の役はブライアンに残され、彼も最後の瞬間までためらった。この重大な日までは仲間だと思っていたリンゴまでが一枚噛んでいた。

エプスタインはこのショッキングな場面において、自分の都合上、次の仕事について話を進めた。「リンゴが加わるまでに2つの場所でショーがある。君はプレーするかい?」

「はい」と僕は頷いた。心が混乱していて自分で何を言ってるのかわからなかった。「どうしてこんなことになるんだ?」「僕のドラミングがレベル以下だと判るのに、ジョン・ポール・ジョージは2年もかかったっていうのか?」ぼーっとして僕はブライアンのオフィスを出た。下ではニールが僕を待っていた。彼は僕を見るなり言った「何が起こったんだ?」「まるで幽霊でも見たみたいだぞ。」

 

ピート・ベスト
「Beatle!」

  
ベストとアスピノールは事態を落ち着いて理解するため、マシュー通り (Mathew Street) の『グレープス (Grapes)』というパブに行く。
  

「頭の中を整理したい」と僕は彼に言った。彼は気が転倒して僕と同じように憤慨していたた。ビートルズの運転手を辞めるとも言い出した。

「その必要はないよ。」僕は彼に言った「バカなことは考えるな。ビートルズはきっと成功する。」

ヘイマンズ・グリーン (Hayman's Green) の自宅に帰ると、僕は泣き崩れた。僕の母はその朝ブライアンのオフィスで何があったのかすでに知っていた。ニールは僕が知らない内に彼女に電話を入れていたようだ。彼女は無駄と知りながらもエプスタインに連絡を取ろうと試みた。しかし留守と言われるだけだった。

最初の打撃からどうにか回復した時、リンゴが来るまではビートルズでプレーすることを約束したのを思い出した。その夜はチェスター (Chester) で演奏することになっていたが、その時になってようやくそんなことはできないとわかった。裏切り受けた僕が、裏切りを働いた3人と同じステージに上るというのは、深い傷口に塩をすり込むようなものだ。彼らが僕を要らないと言うのであれば、その瞬間から僕なしでやるべきだし、僕以外のドラマーを探すべきだ。

 

ピート・ベスト
「Beatle!」

  
ジョン・レノンは後になってこの解任について語っている。
「僕らは卑怯者だった。僕らは嫌な仕事をブライアンに肩代わりさせたんだ。」

ピート・ベストが首になるというニュースは、リヴァプールの多くの人に驚きを持って迎えられた。
  

僕は薬屋の外で、当時リッチーと呼ばれていたリンゴに出会った。彼はもうすぐビートルズに入ると言ってた。僕は言った「なあ、彼らがピート・ベストを手放すなんて有り得ないよ。彼はむっつりした奴だけども、女の子はみんな『きゃー! ピート!!』なんだから。」

リッチーが本当にその仕事を得た時はショックだった。僕が次にピートを見た時、彼はグリーン通り (Green Lane) の職業紹介所で事務をやっていた。

僕は記名して失業手当カードを彼に渡すと、彼は言った「名前と住所に間違いはありませんか?」僕が「はい」と言うと、彼は「ここにサインをお願いします。」と言った。わざとよそよそしくしていたんだと思う。

 

シュガー・ディーン (地元ミュージシャン)
「The Cavern」スペンサー・レイ

  
その後ビートルズのファンの一人はジョージ・ハリスンに頭突をおみまいして、彼は目にくまをつくった。そして数週間、彼らは「リンゴ Never! ピート Forever!」と連呼するブーイングを受けることになる。

その決定はビートルズの内部の人間関係にも一騒動を起こすことになった。伝えられる所ではニール・アスピノール (Neil Aspinall) は怒り狂っていたというが、「君には何も関係がない。君はただの運転手だ。」と彼らに言われる。

  

  

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ライヴ演奏
キャバーン・クラブ (夜)
ピート・ベスト最後の出演
ライヴ演奏
リバーパーク・ボールルーム