1961年 (昭和36年) 11月10日 金曜 | 前の記事 | 目次 | 次の記事 | |
ライヴ演奏:タワー・ボールルーム/ワラジー |
これはワラジー (Wallasey) のニュー・ブライトン (New Brighton) にあるタワー・ボールルーム (Tower Ballroom) へのビートルズの初めての出演であった。
これは「オペレーション・ビッグ・ビート (Operation Big Beat)」と名付けられたイベントの第1回目であり、リヴァプールの人気ビート・グループを一堂に会するという企画であった。これを主催したのはプロモーターのサム・リーチ (Sam Leach) で、ビートルズは1960年代の初期に、彼の主催する数多くのイベントに出演している。
タワー・ボールルームはニュー・ブライトン遊歩道にあり、5000人の収容能力があった。この日はビートルズ (The Beatles)、ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ (Rory Storm & The Hurricanes)、ジェリー&ザ・ペースメーカーズ (Gerry & The Pacemakers)、ザ・レモ・フォー (The Remo Four)、キングサイズ・テイラー&ザ・ドミノス (Kingsize Taylor & The Dominoes) が出演している。
入場チケットは5シリングで、7:30pmに開演して1:00amまで続いた。ビートルズの1回目の出演は8:00pmからだった。その後、彼らはノッティ・アッシュ・ヴィレッジ・ホール (Knotty Ash Village Hall) に急行し、その夜の2つ目のショーに出演する。
その後ふたたび彼らはタワー・ボールルームに戻り、11:30pmから2回目の演奏を行った。ショーがすべて終わると、ビートルズとハリケーンズはマージー・トンネルを通って、リヴァプールの中心街までカー・チェースした。
ニュー・ブライトン・タワー (New Brighten Tower) は1900年にオープンし、567フィートのその高さはブラック・プール・タワー (Blackpool Tower) のそれを凌いだ。1000トンの鉄格子展望タワーはウィラル半島 (Wirral Peninsula) を見下ろし、完成時には英国随一の高層建築物であった。
だがその運命は多難であった。第一次大戦中は閉鎖されていたが、その間に腐食が進み安全上の問題から再オープンは断念され、1919年~1921年の間に解体された。
しかしタワーの土台部分の建物にあったボールルームは、50年近くに渡って利用されたが、1969年に火災により倒壊している。その跡地はリバー・ビュー・パーク
(River View Park) として再開発されている。
ビートルズはタワー・ボールルームに27回出演している。
1961年: | 11月10日・24日、12月1日・8日・15日・26日 |
1962年: | 1月12日・19日・26日、2月15日・16日・23日、3月2日 4月6日、6月21日・29日、7月13日・21日・27日、8月17日 9月14日・21日、10月12日、11月23日、12月1日・7日 |
1963年: | 6月14日 |