★大和国高市県(今の奈良県高市郡・橿原市の一部)。おおむね現橿原市(北部の旧耳梨村の地域を除く)、高市郡明日香村、高取町、大和高田市の一部の地域。高市郡は、北は広瀬郡、東は十市郡、南は吉野郡、西は葛上郡、忍海郡、葛下郡に接していた。『和名抄』は、「多介知」と訓じている。 古代大和には、倭国・闘鶏国・葛城(かづらぎ)国などの国名があり、また、「大和六県」と称し、高市・葛城・十市・志貴・山辺・曾布(添)の六県があった。
★『日本書紀』によれば、金綱井にいたとき、高市郡大領高市県主許梅が突然口を閉ざし、ものを言えなくなった。3日後に許梅に神が着いて次のように言った。「吾は高市社にいる事代主である。また、身狭社にいる生霊神である。」「神日本磐余彦天皇(神武天皇)の陵に馬と種々の兵器を奉れ。」「吾は皇御孫命(天皇、この場合は大海人皇子)の前後に立って不破まで送り奉ってから還った。今また官軍の中に発ってこれを守護する。」「西道より軍衆が至ろうとしている。警戒せよ。」言い終わってから醒めた。そこでおそらく吹負が、許梅を神武天皇の陵にやって馬と兵器を奉った。また、幣を捧げて高市、身狭の両社の神を祭った。
【ホツマツタヱ解読ガイド】 【ミカサフミ解読ガイド】 【ふとまに解読ガイド】
【やまとことばのみちのく】 【にしのことばのみちのく】 【あめなるみち】
【ホツマツタエのおもしろ記事】