1962年 (昭和37年) 7月1日 日曜 | 前の記事 | 目次 | 次の記事 |
ライヴ演奏:キャバーン・クラブ (夜)/リヴァプール |
この日はビートルズのキャバーン・クラブのイブニング・ショーへの78回目の出演だった。彼らはこのショーの広告チラシではトップの座を譲り、2番目の位置に甘じた。トップにその名を書かれた花形スターは、サウンド・インコーポレイテッド
(Sound Incorporated) をバックに従えるジーン・ヴィンセント
(Gene Vincent) であった。他にカンサス・シティ・ファイヴ
(Kansas City Five) も出演している。
僕は普段はランチタイムショーにしか行かなかったけど、ジーン・ヴィンセントを見に行った時だけは別だった。あれは本当によかった。彼が演奏している時「わお! ヴィンセントがキャバーンにいるぜ!」と感動したのを覚えてるよ。 | |
|
ジョン・ダフ・ロウ (クオリーメン) |
ビートルズはこの年の4月~5月の3度目のハンブルグ滞在中に、ジーン・ヴィンセントと親しくなっていた。彼らは全員がこのベテランロックンローラーのファンであった。思い起こせばジョンとポールが最初に出会ったあの日、ポールはヴィンセントの『Be-Bop-A-Lula』を歌ったのであった。
ジーン・ヴィンセントの名が広告ビラのトップにあった。この大事件をポールは事前に知ってたんで、僕に写真を撮りに来いと言ったんだ。ヴィンセントは全身レザー、ポールも全身レザーで、わお! ジーンの兄貴だ。『The Wild One』の中のマーロン・ブランド (Marlon Brando) みたいだ。彼はキャバーンのステージの上で「Be bop a lula, echo, echo, echo」とやってる。一方ビートルズファンはまったく退屈だ。「ジーン・ヴィンセント? ごめんなさい。私たちはビートルズを待ってるのよ!」あの時の写真はそれを物語っているよ。 | |
|
マイク・マッカートニー |
撮影者:マイク・マッカートニー |
この日はキャバーンの歴史の中で、ジャズグループが出演しない初めての日曜の夜だった。またビートルズはランチタイムショーも含めると、これがトータル189回目のキャバーン出演だった。
僕はロリー・ストームと一緒に観客席でジーン・ヴィンセントの登場を待ち焦がれていた。ロリーがマッチに火を点けるとすぐに消えた。空気中に酸素が無かったってことだ。僕の妻は気が遠くなって倒れそうだったんだけど、ちょうどジーン・ヴィンセントのステージが始まろうとする時だったから、自分勝手だけど、ロリーと僕は彼女のことにかまっていられなかった。ちょうどパディ (Puddy=Pat Delaney:Cavern's doorman) を見つけたので、彼に言って彼女を外に出してもらった。ジーンは素晴らしかった。彼はサウンド・インコーポレイテッドをバックに小さなステージに監禁されていた。金髪のいいドラマーがいたね。 | |
|
コリン・ミドルブロウ
(ザ・ジェイウォーカーズ) |
ビートルズのキャバーン・クラブへの正確な出演回数は判っていない。しかし1961年2月9日から1963年8月3日までの期間に、少なくともランチタイムショーで155回、イブニングショーで125回の演奏を行っている。
ジーン・ヴィンセントは僕に飲める場所はないかと尋ねた。アルコールは売ってないと言うと彼は驚いていた。彼は僕が持っていたビールを売ってくれないかと頼んできた。僕はジーン・ヴィンセントに畏敬の念を持ってたので、ただでそのビールを渡すと、彼は「サンキュー、サー」と言ってくれた。 | |
|
ビリー・バトラー |
前の記事 | 目次 | 次の記事 |
ライヴ演奏 マジェスティック・ボールルーム |
ライヴ演奏 MVロイアル・アイリス号 |