1962年 (昭和37年) 2月12日 月曜   前の記事 目次 次の記事
 ラジオオーディション:BBC放送ハウス/マンチェスター

  
ビートルズのマネージメントを引き受けて以来、ブライアン・エプスタイン (Brian Epstein) は、リヴァプールのクラブで行うショー以外の分野に視野を広げていた。彼はビートルズがもっと立派で有名なダンスホールや劇場で演奏し、テレビやラジオにも出演し、ひいてはそれによってレコード会社との契約を獲得したいと望んでいた。

1962年1月10日、彼はBBCのマンチェスター本部を訪れ、3ページにおよぶバラエティ部局のオーディション申請書を完備して提出した。ビートルズがラジオプロデューサーの前でオーディションを受ければ、そのプロデューサーはビートルズの番組出演を依頼してくるかもしれない、と期待したのであった。

エプスタインの申請は受理され、この日ビートルズはマンチェスターのピカデリー (Piccadilly, Manchester) にあるBBCに行き、ピーター・ピルビーム (Peter Pilbeam) の前で演奏した。彼はティーンエージャーをターゲットにしたラジオ番組のプロデューサーで、その番組はイングランドの北西部で制作され、全国に放送されていた。

ビートルズはこの時4曲を演奏している。はじめの2曲はポールが歌い、後の2曲はジョンがリード・ヴォーカルをとった。

・Like Dreamers Do
・Till There Was You
・Memphis, Tennessee
・Hello Little Girl

エプスタインの申請書の裏に書かれた、ピルビームのビートルズに対する短評には「マッカートニー NO」「レノン YES」とメモされている。彼のビートルズの総合的な評価は「変わったグループ。ロックンロールと言うより、C&W的な演奏の傾向。」

しかし彼の査定には決定的な言葉が含まれていた。「YES、1962年3月7日のTT'sにブッキング。」TT'sとは Teenager's Turn という番組名の略である。ビートルズの番組出演に関する契約書が2月20日にBBCから発行され、そして3月7日にマンチェスターのプレイハウス・シアター (Playhouse Theatre) で収録が行われる。

  

  

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ライヴ演奏
セントポール長老教会ホール
ライヴ演奏
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