1960年 (昭和35年) 8月16日 火曜   前の記事 目次 次の記事
 移動:リヴァプールからハンブルグへ

  
ビートルズの物語の第2局が始まろうとしていた。1960年8月16日、彼らはリヴァプールからドイツのハンブルグへの旅に出発する。

ビートルズのメンバー5人-ジョン・レノン (John Lennon)、ポール・マッカートニー (Paul McCartney)、ジョージ・ハリスン (George Harrison)、スチュアート・サトクリフ (Stuart Sutcliffe)、そしてピート・ベスト (Pete Best)、加えてマネージャーのアラン・ウィリアムズ (Allan Williams)、その妻のベリル (Beryl)、彼女の弟のバリー・チャング (Barry Chang)と友人のロード・ウッドバイン (Load Woodbine) は、ウィリアムズのグリーンのオースチン・ヴァンに乗ってジャカランダ・クラブ (Jacaranda Club) を発った。

彼らはロンドンに立ち寄り、10人目の乗客のスタイナー (Herr Steiner/Georg Sterner) を拾う。彼はオールド・コンプトン通りの「ヘヴン&ヘル (Heaven and Hell)」というコーヒーショップで働くオーストリア人で、ハンブルグの興行主ブルーノ・コシュミダー (Bruno Koschmider) の通訳となる。それから彼らはハリッジ (Harwich) からオランダ行きのフェリーに乗った。
  

窮屈だった。そのヴァンは座席すら無かったので、僕らはアンプに腰かけなければならなかった。ハリッジまで車で下り、それからフク・ファン・ホランド (Hook of Holland) への船に乗った。車でオランダを走る途中、アルンヘム (Arnhem) で止まったのを覚えている。そこはパラシュート部隊が全滅した場所だ。墓地には何千もの白い十字架があったよ。

 

ジョージ・ハリスン
アンソロジー

  
ウィリアムズは道を間違えながらも、一行はアルンヘムに着く。そこでは戦没者記念碑で写真を撮ったり、街をぶらぶらして時間を潰した。その時ジョンは地元の店からハーモニカを盗む。
  

アルンヘムでは社外に出て歩いたり足を伸ばしたりできる時間があった。アルンヘムの戦没者記念碑にも行った。僕らが記念碑の前で座っている写真があるよ。戦没者の墓を見たりしたことは、僕にとっては何か感動的だった。それは僕らに静寂をもたらした。その場所の持つオーラだったと思う。平和と静けさが僕らを包んだ。

アランが用を足しに行ってる間は、一時僕らも解散して各自が自由に歩き回った。

 

ピート・ベスト

  

アラン/ベリル/ウッドバイン/スチュアート/ポール/ジョージ/ピート

 

俺達は死ぬほど時間があった。だから中心街の方へ行き、ある楽器店に入った。そこを出た時、奴らは気が狂ったように笑っている。俺は言った「何のジョークだ?」するとジョンは1本のハーモニカを取り出した。なんと奴はそのハーモニカを盗んできたんだ。俺は思ったね「ああ、俺らはハンブルグに行き着けそうにない、ブタ箱行きだ。」初めての外国で盗みを働くずぶとさを奴は持っていた。

 

アラン・ウィリアムズ

  
一行はオランダからドイツに入る。ハンブルグに到着したのは1960年8月17日の早朝であった。

  

  

前の記事 目次 次の記事
ピート・ベストのオーディション ライヴ演奏
インドラ・クラブ/ハンブルグ
 (初日)