タマテミ

→ 語義
  

玉手看。磯城津彦玉手看尊。
第3代安寧(あんねい)天皇。 
カヌナカワミミ
ミスズヨリ姫の子。 斎名:シギヒト。 
シギ県
クロハヤで生まれ、またそのときに朝日が輝いたのでこの名が付く。 
都はカタシホウキアナ。 
70歳で罷り、ウビネ山のミホドに葬られる。贈名:ウキアナの神。
  

奈良県橿原市吉田町、安寧天皇 (アンネイテンノウ) 神社

  

カヌナカワミミ┐
              ├─────タマテ(安寧天皇)
ミスズヨリ姫─┘        ┃         ┌(3)オオヤマトヒコスキトモ
                ┃         │       (懿徳天皇)
タケチ県主アタツクシネ──ヌナソ姫(内宮)──────┴(4)クシトモセ
                ┃
シギ県主ハエ───────カハツ姫(典侍)───────(2)シギツヒコ
                ┃
カスガ県主オホマ─────イトヰ姫(長橋)───────(1)トコネツヒコ
                  →大典侍
  

内宮ヌナソ姫 (アタツクシネの娘)  オオヤマトヒコ(3) クシトモセ(4) を生む。
典侍カハツ姫 (磯城県主ハエの娘)  シギツヒコ(2) を生む。
長橋イトヰ姫 (春日県主オホマの娘) トコネツヒコ(1) を生む
  

食国臣イイカツイツモシコ
斎主 :オオネ
  

■上鈴138年(綏靖5年)生まれ。上鈴170年即位(33歳)。上鈴207年(70歳)崩御。
★『書紀』磯城津彦玉手看天皇(しきつひこたまでみのすめらのみこと)
★『旧事』安寧四年夏四月 出雲色命を食国政申大夫とし、大禰命を侍臣とする。
■『タマテ』は日の出を意味するようだ。
『易く産む 磯城が家朝日 輝けば タマテが御名を 進め云ふ』31文 
■この皇から鏡臣剣臣の名前が見えなくなる。斎主食国臣に取って代わられたようだ。后にオオモノヌシの血統はまだヌナソ姫に残るが、鏡臣の血統は后・重臣にも見られなくなる。
  

『サヤト九月十五日 生む  斎名シギヒト タマテ御子31文
『二十五サアトの 一月三日 シギヒト立てて 代嗣御子 今 二十一歳』31文
罷る 八十四歳 若宮 その夜 喪還に入り 四十八夜至り 率川に 禊の輪 抜け 宮に出づ』31文
御上の臣は 神祭る 分れ勤むる 若宮の 政事執る 臣は新たぞ』31文
『皇子シギヒトの 歳三十三 和つ日月を 受け継ぎて タマテミ天の 皇君31文
『昔 の 花見とて ミスズヨリ姫 カワマタ姫 磯城クロハヤが に行き 御子生まんとし 三日病める』31文
『時 夫婦来て これを乞ふ に申して タマテ御子 抱え取り上げ 安く生む』31文
磯城が家 朝日 輝けば "タマテ" が御名を 進め言う 姓を問えば 男はコモリ 女はカツテ彦31文
『賜ふ名は "若宮の大人" "守の臣" コモリカツテの 二神を 吉野に纏り』31文
を上げ 御上后と 馴御名も 斎名もそれぞ』31文
『十月十日 骸 送る 桃花烏田丘31文
『キミヱの十二月 片塩の 浮孔 都』31文
ヌナソ姫立つ 内つ宮 これはクシネが オフエモロ ヌナタケ娶り イイカツと ヌナソ生むなり』31文
オオマイトヰ 長橋に 生む御子 斎名 イロキネの トコネツヒコぞ 故 を 大典侍となす』31文
磯城ハエが カハツ姫 典侍に ・・・ カワツ姫 生む御子 斎名  ハチキネの シギツヒコ御子』31文
ヌナソ姫 生む御子
斎名 ヨシヒトの オオヤマトヒコ スキトモぞ』31文
タケイイカツと イツモシコ なるケクニ臣 オオネ臣 なる斎主31文
『六年ヲシヱ 一月十五日に 内(宮)の生む 
斎名トキヒコ クシトモセ31文
『十一年の一月三日 ヨシヒトの 今 八歳にて 代嗣御子』31文
『三十八年サミヱの 一二月六日  罷る 若宮の 喪還入り四十八 も無し 率川 禊ぎ 宮に出で 政事聞く』31文
『臣分けて "ウキアナの神" 敬えなす 秋 骸を 畝傍山 御陰に送る 歳七十なり』31文

  

  

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