カツラギ・カダキ・カツキ

→ 語義
  

葛城。
カダキ、カツキとも言い、桂木・葛木とも書く。 
ヒトコトヌシが早くからこの地域を治めていたことを匂わせるが、その経緯についての説明は無い。 
神武
が大和を制圧した時点では葛城は大和国の一県ではなく、別個の国であった。 
ツルギネ
タルミ国造となっている。

「かつ(葛)」「くす(葛・国栖)」「こせ(巨勢・古瀬・御所)」「かつら(葛・蔓・鬘・桂)」などを含む地名は、多くは葛城を表す。
  

【葛城】カツラギ −広辞苑より−
奈良県御所市ほか奈良盆地南西部一帯の古地名。 
  

オホナムチ 次はオオトシ クラムスヒ 次はカツラキ ヒコトヌシ 次はスセリ姫 五男三女ぞ』9文
カツラキの ヒトコトヌシが スヱツミが ヤスタマと生む カツキマロ 斎名ヤスヒコ』10文
多賀の宮守る ウモノヌシ クシミカタマに 御言宣 モノヌシ考え 葛網を 結ひ 被らせて やや殺す』29文
アメヒワケ 伊勢国造 アタネ 上 賀茂県司 カツテ孫  ツルギネ 葛城 国造ぞ ヤタカラス孫 葛野主30文
『新都 葛城に建てて 宮遷し ここに迎へる 時 上鈴 百三十四年 ツアト春  初日サナヱの 寿ぎし』
31文
葛城国造 ツルギネが 女のカツラ姫 内后 妹カツラヨリ 下后31文
葛城腋上 池心 都 移して 初年に イツシココロを ケクニ臣31文
『召す内侍 葛城タルミが タカ姫が 五月の十五日に生む ハツラワケ 
斎名タケトヨ』32文

  

  

カツラキヤマ・カツラキイトリヤマ・ツキカツラキノイトリヤマ

→ かつらきやま・かつらきいとりやまつきかつらきのいとりやま
  

桂来山。桂来斎鳥山。尽桂来の斎鳥山。
現・山形県の鳥海山。 
五代タカミムスビタマキネ (豊受神) 二尊に代嗣の御子が得られんことを祈願するために、代嗣社を造った山。タマキネが祈っていると丹斎鳥の羽が一羽落ちてきたので斎鳥山と名付けた。
  

山形県飽海郡遊佐町大字吹浦字布倉、大物忌 (オオモノイミ) 神社
 

★鳥海山の古の山名は鳥見山 (とりみやま)、大物忌山、飽海山、飽海岳、比山(日山とも云う)、北山、羽山鳳山、宿世山(スグセヤマ)等ど云われて来た。 http://homepage2.nifty.com/hekisui/choukaisan.htm
★鳥海山は、豊受神が天照大神の誕生を願って八千座を契って祈りを捧げたところです。「月かつらぎのいとり山」というのがその場所で、鳥海山の中腹にある鳳来山がその山と思われ、祭りの行事、地名にもその由来が残っています。
■この山は「出羽の国」にある。
  

『占ひて 尽桂来の 斎鳥山 代嗣社の 色垂は アメノミヲヤに 祈らんと トヨケ 自ら して 八千回契り』4文
『昔タマキネ 誓いして 桂来山の 八千 済みて斎鳥の 出車を 造り の 迎ひとて ハラミに伝ふ ある形4文

ホツマ君 桂来山の 八千座の 禊も満ちて 桂木の 出車成して 迎えんと ハラミ山下に 伝え寄る』ミ逸文
『その源は トヨケ尊 桂来山に して 障る汚曲を 除かんと 八千度 祈る』14文

孕みの帯は 桂来の 代嗣社に 御胤祈る』16文
『時により 
丹斎鳥の 一羽落つれば 天つ宣 これは息吹の 成る紅葉 化けて桂来 斎鳥山16文
『故 タマキネの 桂来の 山に祈れば アメミヲヤ 日輪の神霊 分け下し アマテル神を 生み給ふ』28文

  

  

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