アラサカ

→ 語義
  

荒坂。 
三重県熊野市二木島町。
東征軍がイワタテ沖で暴風雨に遭遇し、漂流した後に上陸した所で、現在も荒坂小学校などの名に残る。
そこにはニシキドが待っていた。イソラが憑くニシキドが吐く汚穢によって、一行は疲れ伏して眠ってしまう。
  

★『書紀』亦の名は丹敷浦(にしきのうら)
★曽根荘より以東の諸荘は上世丹敷戸畔の領せし地にして所謂荒坂の津といふ。荒坂は二木島より曽根浦に越ゆる今の『曽根次郎曽根太郎』といふ峻坂をいふらむ。 丹敷は今長島郷『錦浦』あり。丹敷はその邊の大名にして丹敷戸畔。神武帝の御軍を防んとて此地に來りて此あら坂の邊にて帝の為に誅せられし處成るへし。 
★この二木島の西の峠は「逢神坂(おおかみざか)」東の峠を「曽根次郎、太郎坂」と呼ぶ。前者は熊野の神と伊勢の神が出会う場所という意味で、後者は自領、他領が転化したものとされる。いずれもこのあたりを境にして西を熊野、東を伊勢とする。ここから東(三重県尾鷲市あたり)は中世、錦の庄と呼ばれる地域である。丹敷とは錦であろう。
■今も二木島には『荒坂小学校』、『荒坂中学校』、『市立荒坂診療所』などがある。
  

皇御子も なく 行く荒坂に イソラ和す ニシキド拒み 汚穢吐けば  みな疲れ臥し 眠る時』29文

  

  

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